さん

 

 

「いかん、……こ、これは非常に良くない。(汗)」

秘密の軍事組織、ミスリルのエリート戦闘員である相良宗介(ちっちゃいの)は眉間にシワを寄せ唸るように呟いた。
物心ついた頃からアフガンゲリラとして戦い、各地の戦場を転々と渡り歩き、今はミスリルで特殊対応班、要するに戦闘の実働部隊として活動している。
もちろん数え切れないほどの修羅場を、数々の危険も経験してきた。
そんな彼に、これまで経験した事の無い素敵な厄災が降りかかってきたのだ。

「とてつもなく不味いことが起こりそうな予感がする」

源泉のように溢れ、滝のように流れる汗を暖かいシャワーが綺麗に流していく。
現在、宗介はテッサの部屋のシャワールームを使用している。
クルツと分かれたテッサ・宗介はそのままテッサ部屋に向かった。途中お汁粉ドリンクを買うのを忘れず……。
部屋に着くとテッサは宗介にシャワーを浴びるよう提案する。
しかし上官の部屋で上官より早く入浴する事をよしとしない下士官としての反応が返ってくる。。
そんな宗介にテッサは……、

「それでしたら一緒に入りますか?(赤)」

恥ずかしそうに言った。
宗介はもちろんブンブンと首を振って固辞し、やんちゃ坊主の如き勢いで浴室へ向かった。
遥か上から降り注いでくるお湯で頭をワシャワシャと洗う。モコモコとしたシャンプーの泡を洗い流す。
浴室は湯気でぼやけ、視界はかなり悪い。だがそんな中で目を凝らして宗介を見てみると、とても重要かつ重大な光景が確認できた。

まず宗介のシャワーを浴びる後姿が見て取れる。そして宗介は頭をワシャワシャと洗っている。
するとその手の振動にあわせて「プルっ♪ プルっ♪」とお尻が初々しい果実のようにふるえるのである。
今の宗介はミスリルの女性を魅了した大変可愛らしい幼児である。
そんなモエモエな宗介のお尻が、幼児特有のスベスベ感を伴ってふるえているのだ。
もしこの場に宗介の因縁のライバル。ガウルンが居たら……。


「か、カシムの……プリチーおしり…………、

キタ━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!!
キタ━━━━(゜∀゜)━━━━━━━!!
キタ━━━(゜∀゜)━━━━━━━━!!
キタ━━(゜∀゜)━━━━━━━━━!!
キタ━(゜∀゜)━━━━━━━━━━!!
キタ(゜∀゜)━━━━━━━━━━━!!
キタ━(゜∀゜)━━━━━━━━━━!!
キタ━━(゜∀゜)━━━━━━━━━!!
キタ━━━(゜∀゜)━━━━━━━━!!
キタ━━━━(゜∀゜)━━━━━━━!!
キタ━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!!
キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━!!
キタ━━━━━━━(゜∀゜)━━━━!!
キタ━━━━━━━━(゜∀゜)━━━!!
キタ━━━━━━━━━(゜∀゜)━━!!
キタ━━━━━━━━━━(゜∀゜)━!!
キタ━━━━━━━━━━━(゜∀゜)!!
キタ━━━━━━━━━━(゜∀゜)━!!
キタ━━━━━━━━━(゜∀゜)━━!!
キタ━━━━━━━━(゜∀゜)━━━!!
キタ━━━━━━━(゜∀゜)━━━━!!
キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━!!」

 

と絶叫しながら全裸になり、全身で宗介を感じようとするであろう。
しかし実際にガウルンがこの場にいるわけではないので、宗介は何とか無事である。

「サガラさん、お着替えここに置いておきますね♪」

頭を洗い終わったと同時に浴室の外から歌うようにはずむテッサの声が聞こえてきた。

「ありがとうございます大佐殿」
「どういたしまして♪ それよりもサガラさん、お背中流しましょうか?」
「い、いえ、そんな、もう洗い終わりましたので。(汗)」
「そうですか……、でも、ごめんなさい。実はもう用意しちゃってるんです♪」

宗介の否定の声を嬉しそうな声ではじき返し、浴室のドアを開ける。

「た、大佐殿っ?」

湯気で霞んだ視界の先にはデ・ダナンの女神、テレサ・テスタロッサの裸体が……。
いや、純白のバスタオルで身体を覆った彼女の姿があった。

「キャ! サガラさん!(真っ赤)」

一方の宗介は素っ裸である。可愛らしい幼児的な身体が、下腹部のソースケがあどけない顔立ちでテッサを見つめている。
そしてその姿を己の全能力をもちいて網膜に刻みつけるテッサ。無論、顔を覆った両手の指は視界を全く隠すことなく、むしろオールグリーン状態だ。

「ま、ま、前を隠してください!」

だが乙女としての一般常識の手前、苦渋の言葉を吐いてしまう。
ここに効果的なCGの演出を付けるとした「血反吐」である。

「りょ、了解しました」

生まれ落ちたときから日々戦いの宗介にとって裸を見られることなど特に恥ずかしい事ではないのだが、
上官の命令なので律儀に両手で愛らしい局部を覆う。

「もうっ、サガラさんのエッチ!」
「も、申し訳ありません」

もちろんどちらがそうなのかはみんな分かってることだよね。

(きゃーきゃー、サガラさんの見ちゃったぁ! ……カワイイ♪)
 
頭の中はすでにお祭状態。凄まじいまでのテンション。
しかしまあ想いを抱いている男性のアレを見たのだから、こうなってしまうのも仕方がない。
しかも青年としての凶悪なソースケではなく、幼児としての愛くるしいそ〜すけがお辞儀をしているのだから脳みそだって蕩ける筈だ。
豆腐の角に頭をぶつけても死にそうなぐらい脳はフニャフニャになっていると言ってもいいだろう。

「た、大佐……殿?」
「はふふ、へへ、そんなぁ…………あっ、ああっ、な、なんですか!?」
「大丈夫ですか? 具合を悪くなされたのでは」

愉快で仕方なくなっているテッサを「お気の毒です」というような心配そうな表情で見上げるソースケくん。

「あ、いえ、もちろん大丈夫ですよ」
「そうですか。安心しました。では今から大佐殿がここを使用するようなので退室させて頂きます。自分はもう頭も身体も洗ってしまいましたので」

そういうと、お尻をプルプルさせながらそそくさと浴室を出ようとする。
だけどそれではテッサたんが困ってしまうの。

「ま、待ってくださいサガラさん!」

脊髄反射で呼び止めてしまうテッサ。
策は無い。

(ああん、どうしよう! このままじゃ折角のチャンスがふいになってしまう!)

如何ともしがたいが何とかしなければならない。
そんなピンチな状態で彼女の口から出たのはこんな言葉だった。

「代わりに私の背中を流してくれませんか!?」
「………………そ、それは」

さすがにそれはあり得ない。……一瞬、かなめの凶悪な表情が頭に浮かんだ。
 
「お願いしますサガラさん。私、こういう風に同年代の友人に背中を流してもらうのに憧れてて……。サガラさんは私の一番親しい友人だと思ってますし」
「し、しかし友人といっても……、やはり大佐殿は女性でありますから自分には」
「今は上官も女も関係ありません。友人としてお願いしてるんです」
「ですがやはり……。それに自分より同性のマオ曹長の方が適任ではないかと。彼女なら大佐殿と親しい間柄でもありますし」
「サガラさんっ! 私は貴方に背中を流して欲しいのです! これは上官命令です!」


……どっちやねん。


「わかりましたね!? これは命令です! それともそんなに私の背中を洗うのがイヤなんですか?」
「そ、そんなことはありません! 大佐殿は自分が尊敬する上官であり大切な友人であります! 非常に光栄に思います!」

およそ5歳程度の幼児の言葉遣いとは思えないが、
その実直さと愛らしさのギャップはかなり良い感じである。(もちろん声も子供特有の高さだよ?)

「ふふふ、ありがとうございます。ではお願いできますね?」
「……は、はい」
「いま用意しますから後ろを向いててもらえますか?」
 
バスタオルで全身を隠していたテッサ。風呂イスのある所まで来ると宗介に背中を向けてバスタオルを剥ぎ、前面だけを隠す。
そして一瞬チラリと宗介の方を見て自分を見ていないか(と宗介のプリチーお尻を)確認して座り込む。

「もう良いですよサガラさん」
「りょ、了解です」

息を呑むような緊迫した返事。恐る恐る振り返る。
そこには水滴をきらめくようにまとった美しい裸体(背中)があった。
アッシュブロンドの髪をまとめているので色っぽいうなじまでがソースケに丸見えだ。

「あの、どうしました? サガラさん?」
「い、いえ! なんでもありませんっ」
「そうですか……、で、では、お願いします、サガラさん」

ついに念願のシチュエーションが実現する。
嬉し恥ずかしなこの状況にいささか緊張してしまう。

「了解しました。に、任務を遂行させて頂きます」
「はい、宜しくお願いします。(赤)」

浴室で頬を染める年頃の少女と幼い子どもの図。なんとも不思議な光景でありマーベラスなシチュエーションである。

(こ、これが大佐殿の……)

スポンジ越しに伝わるテッサの柔肌の感触。透き通るようなキメの細かな肌に泡が塗りつけられていく。
朴念仁であり、今は幼児化が追加されているソースケであっても心拍数が無意識のうちに上がってしまう。
柔らかく、優しく、温かく、そんな感触がソースケに伝わっていく。

「…………。(真っ赤)」
 
そしていざ実際に背中を洗われてしまうと猛烈な恥ずかしさに襲われ、苛まれ始めてきたテッサ。
何を喋れば良いのか全く分からないし、口を開けば心臓が飛び出してしまいそうだ。
それに背中越しではあるが自分の動悸の音がソースケに聞かれてしまうのではないかと気が気ではない。
恐らくソースケにそんな機敏な想いを汲み取る力などないだろうが、それでもやはり気になるのが乙女心というもの。
 
そして実際のソースケは、

(あ、あまり下のほうを洗うのは失礼なのでは……)
 
やはり自身の危機を処理するのに手一杯であった。
ふと脳裏にカナメの鬼の形相が映し出される。

(こ、こんなことがばれたら……、絶対に殺される)

何故だか分からないが彼女は絶対にブチ切れるに違いない。そうすれば腕の一本や二本じゃすまされないだろう。
鉄製ハリセンで全身を粉砕骨折するまで殴られる…………、確実に。
というように、ソースケがかなめの恐怖に慄いている時……、

(あ〜〜ん、恥ずかしい。サガラさんにお尻見られちゃってる!)

テッサたんはこんなことを考えていました。(涙)

(いくらサガラさんを引き止めたかったからって……、これはちょっと大胆すぎだわ。恥ずかしくて死んじゃいそう!)

後ろを向いているとはいえ、そして座っているとはいえ半ケツ(身も蓋も無い表現だな)が見えてしまっていることは事実。
実際には半々ケツぐらいの微々たるものだが、恋する乙女たるテッサにとって意中の相手(今は幼児)にお尻を見られてしまうことは遺憾の極みである。

(で、でもこれはチャンスでもあるわテッサ! 流石のかなめさんでもここまでのスキンシップは未経験のはず)

ただでさえ意地っ張りで素直じゃないかなめが宗介と一緒にお風呂に入るなんて、カリーニン少佐のボルシチが美味しくなるぐらいありえない。

(サガラさんはいつも日本でかなめさんと一緒にいる。だからこそこれぐらいのアドバンテージは必要なんです。恨まないで下さいね、かなめさん)

日本にいるライバルに心の中で謝る。でもそんなに悪いとは思っていない。(爆)
恋敵がいる恋と言うのは戦争だ。対テロ戦争においては百戦錬磨の自負を持つ彼女でも恋の戦争においては新米少尉なのである。
なりふりなど構っていられない。

(そう考えればお尻なんて見られてなんぼです! むしろサガラさんに見てもらって……、せ、責任を……け、けっこ……結っこ……はぅ。(真っ赤))

うん、やっぱり恥ずかしいよね。勢いで乗り切ろうと思ったみたいだけど。

「大佐殿……」
「は、はいぃぃぃ!!!??」

恋の戦争への必勝戦術について黙考していたテッサの背後から幼児の声がする。
思わず飛び上がりたくなるぐらいに驚いた。……が飛び上がるともうかなりダイナミックな位置でお尻や大事なモノが見られてしまうので堪えた。

「……………………」

宗介は無言だ。

「あ、あの……、サガラさん?」

反応の無い宗介に戸惑うテッサ。
もしかして私の身体に何か欲望を抱いていらっしゃるのかしら? とも思い始めてきた。
脈打つ鼓動が強く、そして小刻みになる。もう一度声を掛ける。

「さ、サガラさ」
「いつもご苦労様です、……大佐殿」
「……へ?」

宗介の口から出てきたのは予想外の言葉だった。

「恐れながら自分は思いました。身体が縮小しているこの状態でさえ大佐殿の背中はあまりにも小さく感じます。
そのような小さな背中で、並みの男でも精神をすり減らす潜水艦乗りとして、その指揮官として的確な指揮を行っておいでです。
大きな重責や緊張をこの小さな背中で必死に耐えていることと思います。自分如き下士官には想像もつかないことであります」

「サガラ……さん」

「自分がいつもみている大佐殿は凛々しく、聡明で素晴らしい指揮官としての姿であり、その姿に尊敬の念を抱いています。
しかし失礼ながら今の大佐殿はか弱い。……このような小さな背中で、この世界を生き抜き自分達を導いてくれている」


「本当にご苦労様です、……大佐殿」

幼児の声で真摯にそう言い切ったソースケは再び労うような優しさで背中を洗い始めた。

「……………………」

テッサは少しの間、無言だったが、静寂を打ち破って一言だけ言った。


「…………ありがとう……、ござい、ます。…………サガラさん」


宗介からは見えなかったが、テッサの瞳からは涙がこぼれ続けていた。

(大好きです……。サガラさん)





■   ■   ■





「これは……」

浴室を出るとそこにはバスタオルと子供用の下着が用意されていた。
なぜ自分用の下着が都合よくあるのか疑問に思いながらも身体を拭き下着を着用する。

浴室を出てリビングルームに入る。テッサの部屋は小奇麗な2LDK。
余裕のある間取りに、高い天井。地上からの採光窓があるので昼間などは自然光が程よい加減で射してくる。
基地の中では一番上等な部類に入る部屋である。

テッサは頭などを洗ってから出るというので先に退出した。
なので先に着替えてリビングでくつろいでいるように言われたが……。

「これも着なければならないのだろうか……?」

ソースケの相棒といっても良い程に見覚えのあるキャラの概観をあしらったパジャマがポテンと置いてある。
皆さんのお察しの通りボン太君パジャマである。
フード付きのそれはかぶることによってボン太君になることが出来る素晴らしき代物。
といってもボン太君の顔はフード部分にあるので着ぐるみの様になりきる事は出来ない。着ている幼児の愛らしさを醸し出すものにすぎないのだ。

「せっかく大佐殿がご用意してくれたものであるし……」

下着だけ着て、パジャマだけは着ないなんてことをすわけにもいかないし、する気もないので黙々と装着する。
「やはりあのスーツと違って格段に軽いな」
可愛らしい幼児が当たり前なことをぶっきらぼうに言った。

「あ、サガラさん、お着替えは合いましたか?」

肩にたらした髪をバスタオルで拭きながら出てくるパジャマ姿のテッサ。
いつもの三つ編みではないおろした髪の彼女は普段とは印象が違った。
大人びている感じもするし、年相応の可愛らしさも感じられる。

「はい、わざわざありがとうございました」
「いえいえ、サイズが合ったようでなによりです」

(あ〜〜〜〜ん! サガラさん可愛いっ! 可愛すぎるぅ!)

外は冷静、中はモエモエ。なぞなぞのようなテッサの状況。
ボン太君のパジャマを着た戦闘のスペシャリスト。朴念仁だけど愛らしい幼児。しかも元は青年で小さくなってしまった。
とても奇妙でアンバランスな設定を持っているのにこのパジャマ姿はとても似合っている。それがテッサにはたまらない。

「しかしこれはどこで……?」
「裁縫が得意な女性職員に頼んでおきました」
「そうですか……」
「パジャマはレミング中尉から貴方へのプレゼントです」
「レミング中尉が……、ですか?」
「はい、なんでもこんな時のために用意していたとか」

なにその凄まじい予知能力。

「それよりもお気を使わずにそこのソファーにでも座ってください」

おいそれと上官の私物を利用するわけにもいかず直立不動で立ち尽くしていたソースケ。

「そうしてくれないと私が困りますから」
「……了解しました」
「何か飲み物はいりますか?」
「あ、いえ、どうかお気になさらずに」

幼児の言葉遣い、対応とは思えない。(笑)

「いえいえ、サガラさんこそ遠慮しないで下さい」

テッサはそう言って冷蔵庫の元へ行き、中から大好物のお汁粉ドリンクを二つ出す。
選択の自由無しにお汁粉ドリンクという所はかなり凶悪だ。

「はい、どうぞ」
「ありがとうございます、大佐殿」

差し出されたお汁粉ドリンクを幼児は畏まって受け取った。

(サガラさん……、もう少しくだけた口調で話しかけてくれると嬉しいんですけど……。
でも今の容姿であの口調は、それはそれですっごく可愛くて良いですよねっ)

幼児でありながら軍人的な態度と口調。ハキハキとしたその様子は幼児らしからぬアンバランスさを醸し出していて殊更可愛い。

(それに……)

「では、いただきます」

小さい手でプルトップをプシュっと開ける。
そして以前は片手で持てたであろうお汁粉ドリンクを両手を添えて口元に持っていく。

(これですっ、これなんです! ……カワイイ、かわいすぎる!)

ソースケ本人に自分を可愛く見せようという気など更々無い。
ただ片手でそれを飲むのは困難を伴うから合理的な判断で両手を添えただけ。
だがその行為を見たテッサの脳はクリーミーな状態になってしまった。

「? ………………大佐殿?」

自分を見て「ぽけら」っとしていらっしゃるテッサに首を傾げる。
これもまたカワイイ。

「あ、は、はい、すみません。ちょっと考え事をしてました」

慌てたように返事をしてソースケの横に座る。さり気なく大胆な行動だ。

「では、私も頂きますね」
「どうぞ」



■   ■   ■




「あの少女はウィスパードなのでしょうか? あの首に下げているものはブラックテクノロジーの」
「どうなんでしょうね? 見たところ時代も世界も違うようですし」

お汁粉ドリンクを飲みながらテレビに映っている映像を見て会話する。
今の二人の会話は空から光るペンダントと共に降ってきた少女を見てのコメントであった。

「ただウィスパードもブラックテクノロジーも世間で認知されているわけではありません。
それにクルーゾーさんの話ではこのアニメは一般大衆に良く知られている娯楽映画ですから架空の科学文明を取り込むことによってお話を面白くしようとしているのでしょう」

「なるほど、さすが大佐殿」

年頃の女の子と幼児のほのぼのとした会話。中身はちょっと、いやかなりボケボケとしている。
ちなみに今は映画鑑賞タイムである。テッサがSRTのチームリーダーである長身のアフリカ系カナダ人、ベルファンガン・クルーゾー中尉から借り受けたものである。
SAS出身でASの腕前も宗介すら凌駕するというクルーゾー中尉。
律儀で厳しいまさに軍人の名に恥じぬ人間なのだが、実はアニメ(ジブリやディズニー映画)が大好きなのである。

テッサはそんなクルーゾーにソースケが風呂に入っている間に連絡して、アニメ映画を借り受けた。
クルーゾーにとって自分の知られざる一面を知られるのは嫌なので、本来はこの趣味は秘密にしているが、
テッサにはばれてしまっているし、その事実も内密にしてくれているので快く応じた。
むしろ自分の趣味に関心を持ってくれた事が嬉しいらしく、嬉々として物凄い勢い、迅速な対応出で持ってきてくれた。
何枚ものDVDを差し出してくれたが取り合えずお勧めのモノをということでこのアニメを貸してくれたのだ。

「む、この少年……、元もとの身体能力は高いが動きがやはり素人だ。そこでトラップを仕掛ければ一人は確実にやれた」

アニメを見ながらその容姿に似つかわしくないことを言う幼児。

(ふふふ、サガラさんらしいですね)

映画を楽しむというよりもキャラの行動を傭兵的な目で分析している幼児を見て、傍らで苦笑するテッサ。
これはこれで微笑ましくて居心地がいいような感じがする。

「むっ、この男! 筋肉の収縮だけでここまで衣服を破くとはっ」

目を丸くして驚く幼児。

(クスクス、サガラさん……面白い)



………………。
…………。
……。



「サガラさん、どうでした?」
「はい、自分はアニメーションというモノを初めて見させて頂きましたが、なかなかに興味をそそる物でした」
「そうですか、良かったです。楽しんでくれて」

「はい、ですがあの軍人達の用兵術が稚拙で……。まるでゴミのようだと敵に揶揄されても仕方ありません。
大佐殿でしたらもっと効率よく、そしてあの男の野望も阻止できていたと思います」

「ふふふ、ありがとうございます」
「いえ」
「私、サガラさんと一緒にこの映画を見れて楽しかったです」
「光栄です」
「また誘っても良いですか?」
「はい、大佐殿の都合が良ければいつでもお供します」






■   ■   ■






「サガラさん、もう寝ますか?」
「自分のことはお気になさらずに。しかし大佐殿は日頃の激務でお疲れでしょうからお早めにお休みになった方が」
「そうですね。実を言うと少し眠いです」

今日はいつもと違う、目まぐるしい日だった。普段は使わない能力、思考をしすぎたせいか、疲労が少し溜まっていた。

「ではどうぞご就寝なさってください」
「一緒に寝てくれますか?」
「了解です。自分はそこの床で……なっ」
「今、了解って言いましたよね!?」
「は、はい、言いましたが……それは」
「違うって言うんですか? 一度受けた任務を放棄するのですか?」
「い、いえ、決してそのようなことは……、ただこの場合は」
「友人としてのお願いです。それにここには他の下士官も居ませんし上官もいません。
お互いが秘密にしていれば済むことです。なにか他に問題があればどうぞ?」
「………………あ、ありません」
「ではお供してくださいね♪」


………………。
…………。
……。


(いつものサガラさんなら、本来の姿のサガラさんにならきっとこんなに大胆なこと出来なかった)

今日一日の積極的な自分を思い出す。

(小さくなったサガラさんはとっても可愛くて、とっても接しやすくて……、もちろん大人のサガラさんも好きですけど)

だが同じ想い人でも幼児に対する心構えと青年に対するそれとではどうしても前者のほうがリラックスしてしまうし、大胆な行動を起こせた。
もしいつもの宗介が相手だったら間違いなく一緒にお風呂に入って、なおかつ背中を洗って貰うなんて出来なかった。出来るはずが無い。
今も傍らでマグロのようにカチカチになっている想い人をみて冷静に考えを張り巡らせるなんて出来なかっただろう。

「サガラさん……、無理を言ってごめんなさい」
「い、いえ」

カッチコチに固まった状態で何とかそう言った。
いるはずのない、かなめの怨念が張り付いているような気分だった。
そんなソースケの状態に構わず、テッサは言葉を続けた。

「当然ですけど、私、普段は一人で寝るんです。たまにメリッサが来ることもあるけれど、大抵は一人です」
「自分は同僚と同じ空間で寝るということはありますが、こんな近接状態では」
「ふふふ、ではかなめさんとは?」
「チドリですか? ありません」
「そうですか……、安心しました」

大丈夫だとは思っていたが、やはり二人はそこまではいっていないらしい。

「サガラさん……、一つお話……良いですか?」
「はい、構いません」

その頷きを見てホッと胸を撫で下ろす。そしてすぐに表情を硬くした。

「私、怖い夢をみるんです」

ゆっくりと震えるような声で話し始める。

「私のミスで……、みんなが死んでしまうんです。私のせいで艦が沈んで……、手足の千切れたみんなの身体が目の前に広がるんです。
私は泣きながらそれを集めて一生懸命くっつけようとするけれど、どうしてもくっつかなくて……、そんな夢をいつもいつも見てしまう。
…………それは今は夢だけど……、いつか現実になったらと思うと……私……」

「大佐殿……」
 
「私のせいでサガラさんが……、メリッサが……、ウェーバーさんが死んでしまったら、私のせいで艦のみんなが死んでしまったら」

軍人とはいえ、まだ十代の少女である。自分のミスで仲間が死んでいくことに何も感じないはずがない。
自分の判断に何十、何百の人間の命がかかっているのだ。

「甘いといわれるかと思いますが、それでも私、怖くて」
 
根っからの軍人のソースケにこんな事を言っても甘いと言われるだけなのかもしれない。
でもそれでも聞いて欲しかった。答えのないこの重圧、この苦しみを少しでも聞いて欲しかった。
怯えるような、助けを請うような瞳が宗介に向けられる。彼から発せられるのは断罪か、それとも慰めか……、それとも……、

「………………」

じっとテッサを見ていた宗介。ゆっくりと口を開いた。

「大佐殿……、自分はたくさんの同僚を共に戦い、そしてたくさんの同僚を目の前で失ってきました。
もしかしたら彼らの代わりに自分が死んでもおかしくない、そんな場面は数え切れない程ありました。
ですがもし仮に自分が同僚の代わりに死んでいたとしても、自分は同僚を恨むことはありません。
たとえその同僚のミスによる死でも、一度信頼した同僚の代わりであれば自分は全く恨まずに死ぬことが出来ます。あいつらもきっと同じだと思います」

「私は皆さんに! サガラさんに恨まれるのがイヤなわけじゃないんです! 恨まれるのは当然です! 私のミスなんですから!
ただ私はあなた達に死んで欲しくないんです! 」

「了解です。では自分は死にません」
「なっ……、そ、そんなこと約束できるわけないじゃないですか!?」

それがあり得ないということはこの世界に身を置いている者ならすぐに分かることだ。
いつの間にか起き上がって捲くし立てていた。

「絶対に! 絶対に出来るとでも言うんですか!?」
「肯定です。自分は大佐殿の命令があるまで決して死にません」
「さ、サガラさん……」

自分を勇気付けるために……、励ますために無理に言っている言葉のように聞こえる。
だがテッサの心はその言葉で本当に軽くなった。まとわりついていた鉛がはがれていくような感覚だ。
それだけ宗介の言葉には、この小さな幼児の言葉には力があった。

「それに貴方はクルツやマオ、少佐などが本当に認めている有能な指揮官です。
自分も一下士官として、友人として、そして一人の人間として貴方を尊敬し、信頼してます。
ですからもっと自分に自信を持って下さい。今まで渡り歩いてきた戦場の中で、貴方の指揮は、貴方の艦は最高です」

「っ!? ……サガラ……、さん」

見た目は幼児でありながら物凄い真摯な表情。
そんな宗介が紡ぎだす言葉は姿とのギャップはあったがテッサの心に最大限に響いた。
声にならない声を出しながら宗介に抱きつく。

嬉しい! 嬉しい!! 嬉しい!!! ……喜びが、自信が満ち溢れてくるようだった。
込み上げてくる感情は涙となってテッサの瞳から溢れてくる。

「た、大佐殿……」

テッサの控えめな胸に抱きしめられた幼児宗介。
ベッドの中に広がっていた甘い香りよりも更に強いその香りに当惑する。

「ありがとうございますサガラさん……、本当にありがとうございます」
「い、いえ、お役に立てたのなら光栄です」
「はい、とっても役に立って貰いました。今日は安心して眠れそうです。……それにとってもいい夢をみれそう」
「そうですか、では安心してお眠りください」
「はい、おやすみなさい。……サガラさん」

母親に抱かれているような安心した表情のまま瞼を閉じるテッサ。
ぎゅうぅっとソースケを抱きしめたまま数分もしないうちに寝息を立て始める。

 

「むっ、まさか…………、この状態のままでいなければいけないのか?」

全身をほぼテッサに包まれているような、甘い香りと柔らかさに包まれているような状態。
獣との野宿が多かった宗介であるので、こんな女性に包まれて寝るなどなんとも寝心地がいいような悪いような不思議な気分だ。
結局、満足な睡眠はほとんどとれなかった。






■   ■   ■







「い、いかん……、こ、これは非常に良くない。(激汗)」

秘密の軍事組織、ミスリルのエリート戦闘員である相良宗介は全身から汗を垂らしながら呟いた。

「ふぁぁぁ、おはようございますサガラさん。……どうしましたぁ?」

ぬくぬくと宗介の可愛らしい頬に頬擦りしながら蕩ける声を出すテッサ。
声と共に蕩けている脳みそが大胆な行動を可能にする。

「い、いえ……、そ、その…………」

軍人らしからぬしどろもどろ具合。
どうしたのだろう? どこか具合でも悪いのだろうか?
そういえば夜と身体の感触が違うような……、・なんというか、全体的に大きい。

「どうしたんですかぁ? サガラさぁん。そんな低い声出しちゃってぇ。昨日みたいにカワイイ声を出してくださいよぉ」

そう言って目を瞑ったまま幼児の身体を触り倒す。

「た、大佐殿!?」

「それにパジャマも脱いじゃって……、暑かったんですかぁ?」

低血圧である者の宿命なのか餅に絡まってしまったかのように回転の遅い脳みそはなかなか事態を把握してくれない。
ペタペタと宗介の生肌を触りまくる。皆さんはとっくに気づいていると思うがテッサたんはまだ気がついていない。

「とっても温かいです……、それに逞しくて。……テッサをこんなにうっとりさせてどうするつもりなんですか? もぅ……、ふふふ」
 
ていうかそろそろ気付けよ。
 
「サガラさぁ…………ぁ……ぁ、ん!? ……サガラさん!?!?」
 
ようやく気がついた。
勢いよく上半身を起こし、目も開く。

「きゃ、きゃあ!」

そこには故あって元のサイズに戻り全裸になっている相良宗介軍曹の姿があった。
幼児用サイズの服は残念ながら昨日見たアニメ映画のワンシーンのように張り裂けて無残な姿をさらしている。
鍛え抜かれた裸体がテッサの目の前を一杯にする。

「ぁ……ぁ……、あ…………ぁ……、あ…………あ」

金魚のように口をパクパクさせているが肝心の言葉が出ない。

「も、申し訳ありません、先ほどの起床と同時に異変に気がつきました」

ダラダラと脂汗を流しながらテッサを見つめる裸の軍曹。
上半身を起したために布団がめくれかなりの部分の肌が露出している。
頑張れば宗介のそ〜すけだって見ることが可能なほどである。
しかも今は寝起きのために「そ〜すけ」は自然と「ソースケッ!!!」になっている。(謎)

「……………………あっ。」

…………見たね、テッサたん。


今までのテッサなら、恋に関しては新米少尉である彼女ならパニックで何も出来ないし、
それどころか「あっちゃ〜!」と思わず言ってしまうような見事な失敗をしてしまっていただろう。
だが今のテッサは以前のテッサとは違った。

「サガラ…………さん?」
「はい! 大佐殿!」



「責任……取ってくださいね♪」

そう言ってはにかむように微笑んだ。
恋の新米少尉は今日付けで恋の少女艦長へと昇進を遂げたのだった。

 


(終)

 








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僕はね、テッサたんを応援していたわけなんですよ。
なのにベリーメリークリスマスなことになって、(その巻を含めて)それ以来先を読むのを止めたわけです。

でもだからこそ僕の中でフルメタの恋の決着はついていません。
だからねテッサ! この世界では君が優位なんだからこれからも頑張るんだよ!?
応援してるからね! 頑張れテッサ!

 

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「いかん、……こ、これは非常に良くない。(汗)」

秘密の軍事組織、ミスリルのエリート戦闘員である相良宗介ははこれ以上ないほどの量の脂汗を流しながら呟いた。
物心ついた頃からアフガンゲリラとして戦い、各地の戦場を渡り歩き、今はミスリルで特殊対応班、要するに戦闘の実働部隊として活動している。
もちろん数え切れないほどの修羅場を経験し、数々の危険も経験してきた。

そんな彼に、これまで経験した事の無い……、いや、つい先日経験したばかりの素敵な厄災がまた! 降りかかってきたのだ。

「ソースケっ! ソースケっ! いるんでしょ!? あけなさい! 今日こそは古文のテスト合格するのよ!
そのためにアタシがどれだけ努力したと思って……ていうかまずテストを受けなさいよね!」

「ち、チドリ……ちょ、ちょっと待ってくれっ。今は緊急を要する状況で……それどころではっ。(汗)」

「はぁぁ!!? ……アンタいい加減にしなさいよ!? 一体どれだけアタシの親切を無駄にすれば気が済むのよ!
アンタのために何度アタシが先生に頭を下げたと思ってんのよ! 良いから開けなさい! というか開けろ!」

取立て屋も真っ青なほどにドアを蹴る。

「し、しかし……」
「そんなホッソイ声出したって無駄よ! さっさと観念してドアを開けなさい。じゃないとブチ破るわよ?」
「わ、わかった! だからドアを破壊するのはやめてくれ。トラップが作動してしまう。すぐにトラップを解除してドアを開けるから待ってくれ!」
「ふん! 最初から素直にそうしていれば良いのよ」

(も、もはや……これまでか)

歩兵一人で戦車に囲まれた時のような成す術の無い状況についに観念した。
いそいそと玄関のトラップを解除する。

「よし、解除した。…………もう入っても、問題ない」
「そう、じゃあお邪魔しま……………………………………………………」

すかさず部屋の中に入ってきたかなめ、目の前にいる場にそぐわない、いつもと違う戦争バカを見て言葉を失う。

 

 

「……………………………………………………」
「………………………………………………(汗)」

 

 

「……………………………………………………」
「………………………………………………(汗)」

 

 

「……………………………………………………」
「………………………………………………(汗)」

 

 

「……………………………………………………」
「………………………………………………(汗)」

 

 

「い、一応言っておくが……、オレは相良宗介。…………階級は軍曹だ。(激汗)」

 

とても軍曹には見えない可愛らしい幼児が大量の汗を噴き出しながらそう言った。

 

 

 

 

 

 


完結!

 

 

(早速かなめフラグ立ててんじゃねぇよ)





 



 




 

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