第三話
碇家、朝の風景。
「シンジ、醤油を取ってくれ」
「あっ、うん、はい、父さん」
「……良くやったなシンジ」
「う、うん。(汗)」「シンちゃんマヨマヨとって♪」
「はいはい、マヨネーズね。…………はい、母さん」
「ありがとうシンちゃん、大事に使うわね♪」
「普通に使って良いよ。(汗)」毎日、毎日繰り返される朝の光景。
三人で囲む食卓は暖かく、そしてほのぼのとしている。「やっぱりシンちゃんの作るご飯は美味しいわ」
ユイが目玉焼きをつつきながら言う。
「そうだな、巨大化したくなるほど美味いな」
ゲンドウも目玉焼きをつつきながら言う。
「あ、ありがとう。でもただ焼いただけだよ?」
二人に褒められた嬉しさで軽く頬を染めながら呟くシンジ。
「違うわ。……シンちゃんの愛情が込められているから尚更美味しいのよ」
「そうだぞシンジ。私はシンジの愛情が込められていればシンジの髪の毛でも食べれるぞ」
ゲンドウが胸を張って答える。「か、髪の毛はイヤだよ」
流石に引いてしまうシンジ。
「あらあらアナタ、私なんかシンちゃんを食べれるわよ。……もう、食べちゃったけど(ニヤリ)」
ゲンドウに張り合うようにユイが言う。
しかも最後の方では微かな声で何かを呟いていた。「こ、怖いよ母さん」
幸いシンジには最後の呟きは聞こえなかったようだ。「でも僕が作ったら何でも食べてくれるんだよね?」
威風堂々と胸を張るゲンドウを見て何かを思ったのかクスリと笑って言った。
「ああ、もちろんだ」
その牙城は崩れず、力強さに満ち溢れている。「じゃあ、今度ピーマンの炒め物作るから食べてね?」
「ひぃぃ! ぴ、ピーマンっ!」
あっさりと落城した。
顔を真っ青とさせ、冷や汗ダラダラ。
「今度、ピーマンが入った料理をたくさん作るからね?」
「ひぃぃ! そ、そんな!」
気持ち悪いほどにうろたえている。
もちろん原因はピーマン。ゲンドウはピーマンが大嫌いなのだ。
その嫌い度は凄まじく、もしゲンドウがとある補完計画を中止するか、
それとも中止しないかわりにピーマンを食べるかどっちか選べと言われたら間違いなく即答で補完計画とやらを中止するだろう。
というくらい嫌いなのだ。「し、シンジっ! 頼むっ! ぴ、ピーマンはやめてくれっ!」
「だめだよ。だって何でも食べるって言ったもん」
「そんな、た、頼むっ! 頼むからからピーマンはやめてくれっ!」
「う〜ん、どうしようかな?」
「……………………お願い」
ついに最終奥義が繰り出された。
両手を目の前で組みながら瞳ウルウルさせる。
俗に言う天翔髭煌閃(あまかけるひげのきらめき)である。
それはどんな人間にも神速の勢いでダメージを与える恐怖の技。
一瞬で脳内のシナプス回路が全てぶち切れる危険な奥義であった。(か、可愛い……(赤))
だがシンジはその奥義を唯一受け止められる剛の者である。(ユイも同じく)
むしろその奥義を受け止めて胸をときめかせ、微かに頬を染めた。「わ、わかったよ。……でも他の野菜はちゃんと食べてね」
「フッ、問題ない」
すでに余裕を取り戻し、いつもの態度が顔を見せる。
こうして穏やかで楽しい団欒が過ぎていく。
しかしそんな和やかな団らんを「ピンポン♪」と呼び鈴の音が中断させる。「あれ、誰だろう? アスカが来るにはまだ早いし」
シンジの言う通り、アスカが来るのにはまだ時間がある。
「ちょっと行って来るね」
では別の誰かなのだろう。
シンジは立ち上がって玄関へ向かう。『プルプルプル、プルプルプル、プルプルプル』
すると今度は電話が鳴り始めた。
「あっ、どうしよう」
「電話は私が取るからシンちゃんはお客さんの所に行って来て♪」ユイが立ち上がりながら言う。
「あ、うん、わかった」
助け舟を得たシンジはそう頷き、再び玄関に向かって歩き出した。
『プルプルプル、プルプルプル』
「はいはい、今出ますよ」
ユイの方も電話に近付き、受話器を取る。
「はい、もしもし…………、えっ、フェイ姉さんっ!?」
ピンポーン……、ピンポーン…、ピンポーン、ピンポーンピンポピンピンピンピンっ!
だんだんと連射してくる謎の客人。「う、うわっ、ちょっと待って、……今出るからっ!」
シンジはあたふたとしながら急いで玄関のドアを開けた。
その瞬間、玄関が弾けた。「碇君っ!」
「うわっ!」ドアを開けた瞬間に自分に抱きついてきた蒼い影に驚きの声を上げるシンジ。
「碇君っ!!! 碇君っ!!! 碇君っ!!! 碇君っ!!! 碇君っ!!! 碇君っ!!!」
だが蒼い影はシンジの様子を気にした様子もなく、廊下に押し倒した状態でその胸にひたすら自分の顔を擦り付けている。
「ちょ、ちょっとっ! き、君は誰っ!?」
「碇君っ!!! 碇君っ!!! 碇君っ!!! 碇君っ!!! イカっ!!!???」シンジの言葉を聞いた蒼い影(どうやら少女のようだ)はピタリとその動きを止めた。
「わ、私の事忘れてしまったの? 碇君」
「ご、ごめん、……わからない」少女のあまりの落ち込みように罪悪感を感じてしまうシンジ。
「ほ、ホントごめんね」
「………………」
申し訳なさそうに謝るシンジを黙って見つめる。……だが、「(ニヤリ)……問題ないわ。一つになればきっと思い出すもの」
邪悪な微笑みを浮かべ、素早くシンジのズボンのベルトを外し始めた。「ちょ、ちょっとっ!? や、やめてよっ!?」
シンジは慌てたようにそう言うと、少女の腕を掴む。
「ダメッ! 碇君が呼んでる」
しかし少女はシンジのあの部分を見ながらそう言うと、強引に脱がしにかかった
馬乗りになりながら、器用にズボンを下ろしていく。「はい、そこまでよレイちゃん」
ギリギリのところでユイがレイなる少女の顔を片手で掴み、持ち上げた。
ちなみに掴まれている顔からは何故か小さくミシッ、ミシッ、っと家鳴りのような音が聞こえている。「…………い、痛いの。(涙)」
「正気に戻った? レイちゃん」ユイが少女を降ろしながら言った。
何故か最後に再びミシッ、と言う音が聞こえていた。「……………………ええ」
少女は涙目になりながらこめかみを撫でている。
「か、母さん。……この娘、誰なの?」
そそくさとズボンを穿きながら、シンジが震える声で聞く。
「この娘はね。綾波レイちゃんって言って私の姉さんの子供。要するにシンちゃんの従兄妹よ」
「えっ!? 僕に従兄妹がいたのっ!?」
「ええ、実はいたの」
「そ、そんな、ど、どうして教えてくれなかったのさっ!?」
確かに今までの短くも長い人生の中で従兄妹の存在を知らないなんて酷いではないか。
子どものときこそ従兄妹と遊ぶ頻度が高いというのに……。「それはね。訳があってレイちゃんがあまりにも危険だったからよ」
「き、危険って……」シンジが恐る恐るレイを見る。
「………………」
レイは無表情且つ頬を染めながらシンジを見つめていた。
シンジ三歳の時
とある公園、若い女性二人が互いに向き合っていた。「フェイ姉さん久しぶりね」
「ええ、そうね、四年ぶりかしらね」
最初に言葉を発したのが若かりし頃のユイである。
その次の人物がユイの姉である綾波フェイ(旧姓碇フェイ)である。
性格は豪放で有りながらもしたたか。「女は生きているだけで偉いのよ」が口癖。
容姿や服装は某スペースカウボーイアニメの賞金稼ぎ一味の女にかなり酷似していた。(というかモロだった)
5年前、ネルフグループの若き会長である綾波江戸と結婚したのだ。
と言うことは、物凄い金持ちと言うことです。(日々ギャンブル三昧と言う噂有り)
ちなみにユイやゲンドウが働いている人工進化研究所はネルフグループが設立した物なのだ。「ところでその子がシンジ君?」
フェイが訊ねる。
視線の先にはユイと手を繋いでじっと自分を見つめている幼児の姿。「ええ、そうよ。可愛いでしょ? ……シンちゃん、このおばさんにご挨拶して」
ユイはシンジの頭を撫でながら自慢げにそう言った。
「お、おばさん……」
フェイは妹から繰り出された毒にこめかみをピクつかせた。
「こ、こんにちは、フェイお姉ちゃん。ぼ、ボク、碇シンジ三才です」
「あら、良い子ね♪」
あっさりと毒が抜ける。シンジのたどたどしいお辞儀と挨拶が毒消しの役割を担った。
しかも無意識の内におばさんをお姉ちゃんに変換していたのだから凄い。
むしろフェイのモエ力が3上がった。「で、フェイ姉さん。その子がレイちゃんなの?」
今度はこちらの番である。
ユイがそう言ってシンジを見つめている蒼髪の女の子を見た。「そうよ。……レイ、このおばさんに挨拶して。(ニヤリ)」
「…………。(ピキッ)」ユイは額の血管を収縮させた。
「綾波レイ、三才。……よろしく、ばーさん。(ニヤリ)」
ポツリポツリと挨拶をするレイ。
しかも故意におばさんをばーさんにに変換していたのだから凄い。
ユイのやるせなさが8上がった。憤怒が99上がった。「はい、こんにちはレイちゃん。私はユイ、ユイお姉ちゃんって呼んでね♪(激怒)」
ユイは満面の笑みでそう言いながらレイの頭を削るかのように撫で回した。
「…………ゆ、ユイお姉ちゃん?(朦朧)」
レイは薄れゆく意識の中で何とかそう言った。
「ゆ、ユイ、二人にもお互い自己紹介して貰いましょう。(汗)」
久しぶりにユイの暗部を見たフェイは焦ったようにそう言って話題の転換を図った。
「あ、そうね♪」
レイを削るのを止め、機嫌良く応じた。「ホントこの子、同い年の子と全く話さないし、遊んだりしないしで困ってるのよ。
私達とすらろくに話さないし。だから何とかシンジ君と仲良くなってくれれば良いんだけど」フェイが溜息混じりに呟く。
「あら、そうなの? 姉さんにあまり似てないわね」
「どういう意味よ」
「言葉通りよ♪ さあシンちゃん、レイちゃんに挨拶して」
「う、うん、……は、初めましてレイちゃん。ボク、碇シンジ三才です。(赤)」レイと目を合わせながら緊張して面もちで自己紹介するシンジ。
「………………」
だがレイは無言のまま。
しかしその瞳はしっかりとがっちりとシンジの顔をとらえていた。「…………?」
シンジが首を傾げる。
「………………」
レイは依然じっとシンジを見つめている。
「…………?」
「………………」
「…………?」
「………………」
「…………あ、あの、ボク、……碇シン」
いつまで経っても返ってこない返事に困ったシンジはもう一度自己紹介をする。
しかし全てを言い終わる前に突然レイがその手を握ってきた。「……えっ?」
シンジは突然の事で驚き、呆然とレイを見た。
「「………………」」
ユイフェイも黙って様子を眺めている。
そして僅かな沈黙の後、レイが口を開いた。「初めまして碇君。私は綾波レイ」
無表情、無感情な言葉を紡いだ。
だがそれでも挨拶を返すなど驚きのことだったようでフェイは目を見開いている。
今まで同い年の子にこのような積極的な態度を示した事はないのだ。「「………………」」
固唾を呑んで次の展開を見守る。
そして次の一手が放たれた。
再びレイが口を開く。「碇君、私と一つになりましょう。(ニヤリ)」
いきなり王手だった。
レイは静かにそう言うと、その小さい身体でシンジを抱え込み、物凄い勢いで公園の外へ走り去っていった。「えっ、えっ、えっ?」
事態を把握できず、レイに抱きかかえられたままユイを呆然と見るシンジ。
「「………………」」
それを硬直したまま見送ってしまうユイ。そしてフェイ。
「「………………」」
「「………………」」
「……シンちゃん!」
ようやく再起動を果たしたユイが物凄い勢いで後を追う。
地面と平行になって塀を走れるほど凄まじい速さだ。「………………」
今だ再起動を果たせないフェイはユイが残した砂煙にその身を包んでいた。
シンジ拉致事件から約30分後。レイ、シンジ両名を繁華街の裏路地にて発見した。
ちょうど事に及ぼうとしていた寸前であった。
ユイは二人の行為を止め(レイを何らかの方法で気絶せしめた)、そして保護した。その後、目を覚ましたレイは発狂するほどにシンジを求めたため、
レイの精神崩壊を危惧した綾波夫妻(とシンジの貞操の喪失を恐れた碇夫妻)はレイの記憶を操作してシンジに関する一切を封印したのだった。
シンジはレイに連れ去れた後に気絶していたので何も憶えておらず、子供らしく数日でレイの事を忘れていた。
「……と言うことがあったの」ユイはそう言って静かに本を閉じた。
「………………」
話を聞き終え、呆然とした様子でレイを見つめるシンジ。
幼い彼女の武勇にも驚いていたが、いつの間に母さんは本を読んでいたんだろう。
とも思っていた。「…………。(赤)」
レイはシンジの視線に頬を染める。「何を言うのよ。(赤)」のリアクションである。
「そして、その記憶の封印が昨日偶然解けてしまった。しかも、姉さん達の手に負えないらしくてね。
私たちで何とかしてくれって言うのよ。まあ、こうなっちゃった以上しょうがないわね」あまりにも直情的、直接的で扱い辛い子であるが、根は良い子なのだから面倒を見よう。
時が経てば徐々に落ち着いてくるだろう。
ユイがそう微笑みながらレイを見る。
「ちょ、ちょっと、やめてよっ」
「大丈夫、身を委ねて?」
早速、シンジを襲っていた。「…………(プチッ)」
こちらも早速血管をピクつかせる。
再びレイに素敵な握力を感じさせようと、魔の右手を繰り出そうとした瞬間、
呼び鈴が鳴り、「タッタッタって、あああっー!」
アスカが擬音付きで入ってきた。
そして靴をダイナミックに脱ぎ、前方を見据え、震えるほどの声を張り上げる。
目の前でシンジが半裸になって襲われていた。「あああああああアンタっ! シンジから離れなさいよっ!」
そう言って物凄い勢いで二人の元に駆け寄って行く。
「…………」
だがレイはアスカの存在をパワフルなほど眼中に入れていなかった。
「アンタ聞いてんのっ!? シンジから離れなさいよっ!」
自分を空気のような存在とでも見ているようなレイの態度にぶち切れるアスカは強引に二人の間に割ってはいる。
ベテランレフリーのように鮮やかに割って入った。「何をするの」
行為を妨害されて、不機嫌そうにアスカを見る。
「アンタこそ何してんのよっ。シンジから離れなさいっ!」
「ふ、二人とも……やめっ」
しかし紅と蒼の争いは止まらない。
喧々諤々の論争が繰り広げられている。今はシンジの感度についての激論がかわされている。
もちろんシンジの顔は真っ赤だ。「はい、そこまでよアスカちゃん、レイちゃん、続きは学校でね♪」
いつまでも続きそうだった論争に終止符を打つようにユイが言った。
パーソナリティが激論をCMに入るために中止させるように強引な締めだった。
しかしそれによって我に返ったアスカ。「あっ、忘れてましたっ! シンジっ、早く行くわよっ!」
「ちょ、ちょっと待ってよっ! 僕、まだ服着てないよ!」
「そんなの走りながらでも出来るでしょっ!」
「そ。そんな、知らない人に見られちゃうじゃないかっ」
「大丈夫よ、見られる前に気絶させるから」
何食わぬ顔で無差別テロを宣言するアスカ。
そのまま二人が玄関を抜ける。「待って碇くん、私も行くわ」
その後を飛ぶように追うレイ。
「いってらっしゃいみんな♪」
ユイが朗らかに手を振った。
賑やかな一日になりそうだった。
私立ネルフ学園
世界的な巨大企業であるネルフグループが経営している学園である。
小、中、高等部があり、それぞれが専用の校舎とグランド、その他施設(プール等)を完備している。
シンジとアスカはもちろん中等部の2年生である。「う、うわ〜!」
「ここまでくれば大丈夫ねっ!」全速力で走ったのに全く息の切れていないアスカ。
その彼女に凧揚げ状態で引っ張られてきたシンジ。「って何か重いと思ったら、アンタいつの間にっ。シンジから離れなさいっ!」
後ろを振り返ったアスカの視界に入ったのはシンジの腰に寄生虫の如くしがみついている青の物体。またの名を綾波レイ。
「いや、これは絆だもの」
そう言うと更にキュピっと抱きつく。
シンジの背中にまろやかな膨らみがしなやかに接触する。「あ、綾波さん……あの」
「ぬわぁにが絆よぉっ! シンジはアタシの下僕なのっ! 所有権も日照権も全てアタシがもってんのよ!」
ツノ五十本分ぐらいの怒りを露わにするアスカ。ビタミンCで換算するとレモン4個分だ。(少なっ!)
「何をワケの分からないことを言ってるの? 碇くんは私のモノよ。いずれ私と結婚して一つになるの。そして幸せな家庭を築き、世界征服するの」
将来の展望を話すレイだが、最後の最後で話が大きく飛躍している。
鉄分で換算するとほうれん草、四束分ぐらいだろう。「アンタバカぁ!? 何が世界征服よっ! そんな事アンタ何かに出来るわけ無いじゃない!
それにさっきも言ったようにシンジはアタシのモノ、この先ずっとアタシのモノなのよっ! アンタ何かにシンジの胆汁一滴だって上げるつもりは無いわっ!」
なかなかマニアックな所を攻めるアスカ。
「何を言うのよ。こっちこそ胆汁一滴、ヘモグロビンの一つだって私のもの。貴方なんか碇君の視線すら受ける価値はない」
「な、なんですってぇ!」
「それにもう私と碇君の間でそういう約束、誓いをしているもの」「えっ?」
「なっ、い、いつそんな事したってーのよっ! 言ってみなさいよっ! いつどこでっ、何時何分何秒! 地球が何回まわったときよ!」
あぁ……、いるよね、こういう奴。「碇君、憶えていないの?」
「え、う、うん、憶えてないけど」
「そう、分かったわ」レイはそう言うと、おもむろに回想へ入る。
夕暮れの公園。数時間前まではたくさんの子供達で溢れていたが、時間が経つにつれ一人、
また一人と居なくなっていき、今では砂場に二人の子供が居るだけだった。
一人は黒髪の男の子。砂で子供が作ったとは思えないほど精巧な仏像(興福寺阿修羅像)を作っている。
もう一人は蒼髪の女の子で黒髪の男の子の横顔をジッと眺めている。
そしてそんな状態が続いていると、不意に蒼髪の女の子が黒髪の男の子に話しかける。
「碇くん」
蒼髪の少女が口を開く。
「なに?」
男の子が手を止める。
「私と一つになりましょう?」
「うんっ!」
「……と言うワケなの」
「なんなのよソレっ! 恐ろしく嘘っぽいじゃないっ! もっとマシな話作りなさいよねっ!」アスカは強引なレイの回想に何故か不思議な懐かしさを感じながらも、辛辣なツッコミを入れる。
それが鏡のように自分に反射していることに気が付いてはいない。「本当の事よ。これはもう決まったことだから」
無表情ながらも若干勝ち誇ったように答えるレイ。
シンジの頬に顔を摺り寄せた。「き、きっさま〜!」
それを見たアスカは堪忍の袋をギタギタのメッタメタに引き裂きレイに躍りかかった。
レイもそれに快く応じ、たちまち二人がいる空間には丸い砂埃がたちこめる。(はあ〜、って言うか何でアスカと同じネタ持ってきたんだろ綾波さん)
砂埃から線香花火の火花のように出てくる手や足を見ながら、シンジが呟いた。
今日のシンジはちょっと辛口であった。
「それで綾波さん、ホントにこの学校に転校してくるの?」
校内に入り、上履きを履きながらレイに話し掛ける。
「ええ、そう言うことになってるわ。そして碇君としっぽりとしたスクールライフを送るの」
頬を染めて答えるレイ。
アスカはその言葉に多大なる関心を寄せた。「そ、そうなんだ。じゃあ取り敢えず職員室に行かないと。悪いけどアスカ、先に行ってて。僕、綾波さんを職員室に連れて行くから」
「何言ってんのよっ。そいつとアンタを二人きりに出来るわけないでしょ。私もついて行くわっ」
「……チッ」
小さな舌打ちが聞こえた。「う、うん、わかった。じゃあ、一緒に行こう。綾波さん、こっちだよ」
シンジがそう言って先頭を歩き出す。
「………………」
「………………」
後ろの二人は格闘技の試合前の両選手のように気持ち悪いほどに顔を近づけてメンチをきっていた。
「転校生カマーンっ!」
教壇に立つミサトが張り切って言った。
トウジやケンスケを始めとしたクラスメイト達が興味深々にドアの向こうから訪れる人物へと視線を向けている。ガラ……、ガラ、ガラ……
扉がホラー映画のワンシーンを彷彿とさせる遅さで開かれる。
そしてそこから這い出るように現れた少女はその湿った雰囲気を軽く吹き飛ばす程の美少女だった。「さっ、自己紹介して」
ミサトはそう言って美少女の肩を軽く叩いた。
「綾波レイ……………………」
「え、そ、それだけ?」
「ええ、私は綾波レイ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
「でもね、それだけじゃ、みんなも絡めないでしょ? ほら、他に何か好きなモノとか特技とか」
「…………………………(ニヤリ)」その言葉を聞いたレイは口元を歪めると、とある黒髪の少年に視線を移す。
そして透き通るような声で言った。「好きなモノ、碇君。特技、碇君と一つになること」
「「「「「………………………………」」」」」
教室が静まり返った。
だが次の瞬間、
「「「キャアー!」」」
「「「ウオォー!」」」
様々な感情の篭った絶叫が響き渡った。
アスカも一瞬沸騰しそうになったがここは抑えた。
今は好きな事を言えばいい。だが後で必ず報いを受けるときが来る。因果応報だ。ヒヒヒ!
そういった暗い情念が感じられた。
そんな中、生徒達はレイにシンジとの関係をワイドショーのリポーターのように聞いていく。
レイはその問いに言葉少なに、簡潔に、それでいて酷く誇張し、曲解した情報を提供していく。「ふ〜ん、シンちゃんの知り合いなの。じゃあ、学校に慣れるまで綾波さんはシンちゃんの隣ね」
「…………(コクッ)」
「な、何言ってんのよミサトっ! そんな事が許されるわけないじゃないっ! ポツダムはどうなったのよっ!」
今まで我慢してきたアスカだがミサトのこの言葉には耐えられなかったようだ。
ちなみにポツダムとは「ポツダムなシンちゃんの隣の席は聖域なの宣言」略してポツダム宣言である。(シンジに掛かる修飾語句「ポツダム」に意味はないのであしからず)
どういうモノかと言うとシンジの隣を巡る争いと言うのは壮絶なモノで、席替えが起こる度にそれはもう、目を覆いたくなるような血の惨劇が繰り広げられる。
「あなた達(2ーA)は、本当に降らせるのですね、……血の雨を」
ミサトが休みの時にHRを担当した雪代先生がこう述べた程だ。
だからシンジの隣を聖域として机はあるが人は無しと言う状態にしてある。
それに対してシンジは少し寂しい思いをしているのだが、以前に紛争で散っていった英霊を思うと、それもしょうがないかなと言う気になるのであった。
そして今回そのポツダムが破られようとしている。「しょうがないじゃない。綾波さんはこっちに知り合いがいないんだから、ちょっとの間だけよん♪」
ミサトは悪びれもせずにそう言った。
レイはすでに歩き出し、シンジの目の前まで来ていた。
ちょっとした余談だが、ミサトとレイがここに来る前に二人の間で謎の密約がかわされ、後日ミサト宅に物凄い量のえびちゅが届いたということだった。
俗に言う「えびちゅ会談」である。(二学期の期末テストに出るよ♪)「よろしく、碇君」
「あ、うん、よろしくね。綾波さん」久しぶりに隣の席に友達が座る。
つい嬉しくなって微笑みながら挨拶を返すシンジ。
だがこの後、二人の身にとんでもないことが起こったっ!「レイって呼んで、碇くん」
囁くようにそう言ったレイがなんとシンジの唇を奪ったのである。
「んっ!?」シンジは突然の事に為す術もなく、周りの生徒も面白いくらいポケラッとしていた。
しかしそんな中、明確な殺意を抱いた赤い影が動いた。
「綾波レーーイっ! 私怨はないが新時代(私とシンジの時代)のため、アンタには死んで貰うわぁっ!」
もちろん私怨しかないのだが、そんな事は普通に無視してアスカがレイに迫った。
取り敢えず、生徒達は逃げた。
普段からこの手の騒動が日常茶飯事な彼らにとってそれはそんなに難しい事ではない。
アスカが立ち上がった瞬間、己の一番深い部分、言うなれば生存本能がビシビシと音を立てる。そして一瞬で退路を確認し、素早く行動に移す。
まるで厳しい訓練を受けた軍人のように。
だがちょっと選択を間違った数人は窓から飛び降りたりして、複雑な骨折を経験したりした。
そしてそんな中で唯一逃げ遅れた生徒がいた。
彼は騒動のほぼ中心にいた。
自分の唇に柔らかい感触が触れたと思ったら、背後から畏怖を感じさせるような桁違いの殺気が発せられたのだ。
恐る恐る後ろを振り返って見る。…………それが戦いの合図だった。
彼の意識は地球の重力から解き放たれたのである。