第四話
「あなた達、本当に分かっているのっ!? 一歩間違えれば大変な事になるんだからっ!」
保健室に叱責の声が響いた。
「わ、悪かったわよ」
「そうね」赤と蒼が心なしかションボリした声で答える。
ベットには気絶しているシンジが横たわっている。「自分たちの事しか考えていないからこういう事になるのよっ! 少しは反省しなさいっ!」
いつに無く厳しい言葉が二人に向かって発せられる。
「取り敢えず、あなた達は授業に戻ること。シンジ君は目が覚めるまでここで寝かせておきます」
「あ、アタシはここにいるわ」
「いえ、私がここにいるわ」
「ダメよっ! アタシがここにいてシンジを看病するのっ。アンタはさっさと教室に戻りなさい!」
「そう、良かったわね」眼中に無し。蒼は態度と言葉でそう示しシンジの元に移動しようとする。
「待ちなさいよ!」
赤は蒼を追い抜かしてシンジの元に行く。
「あなたは用済み。お猿の用務員。……クスクス」
そうはさせじと蒼も妨害しつつ移動する。しかも意味不明な自分ボケがツボに入った模様。「いい加減にしなさいっ。そんな事ばかりしてる貴方達がいたらシンジ君が休めないでしょ!?
それとも此処でも暴れるつもりっ!? これ以上騒ぐつもりなら先輩を呼びますよ!」先輩とは理科教師の赤木リツコだ。
猫とマッド。という標語でお馴染みのあの狂科学者である。「わ、分かったわよ」
「……………………」流石にそれは拙い。アスカは仕方無しに大人しくなる。
レイもシンジが休めなくなるということで渋々大人しくなった。
お互いを視線で牽制しながら出口に向かう。
唯一の方法、二人協調して看病するという考えは無いようだ。
ドアが閉じられ室内に静寂が満ちる。
時計の音、静かな寝息、女性の吐息が微かに響く。「…………ふぅ〜」
二人の強力な存在感が完全に消えたのを確認し、大きく息を吐き出す。
そしてゆっくりと後ろを振り向き、小さな寝息を立てているシンジを見つめる。「えへっ♪」
顔がだらしなく緩んだ。
彼女の名は伊吹マヤ。この部屋の主。保健室のアイドル。
その飾らない性格と十代にしか見えない容姿で生徒達からはマヤちゃんと呼ばれ親しまれている。「えへへ、久しぶりにシンジ君を近くで見られるわ♪」
いきなりだが彼女はそう言う趣味だったりする。
どういった趣味かというと年端もいかぬ純な少年がたまらなく好きだったりするのだ。
最近はすっかりシンジにお熱で、気づかれぬように色々な写真を取ったり、更衣室に忍び込んでシンジのYシャツで芳しき乙女になったり、
誰もいない教室でシンジの笛をハーメルンの如く吹いてみたりしているのだ。
ネルフ学園で一番、懲戒免職に近い人間である。そんな二人の出会いは一年前、マヤが荷物を抱えながら階段を上っていたときのこと。
荷物で足元を確認できなかったマヤは不意に足を踏み外して転げ落ちてしまった。
その瞬間、彼女は襲いかかる激痛を覚悟したのだが、いくら待ってもやってこなかった。
代わりに甘い匂いと柔らかな感触が彼女を包んだ。
それがシンジであり、その優しさと可愛らしさに触れたマヤは世に言うところのゾッコン状態になったのである。「うふふふ、今日はついてるわね、マヤ」
こんなに近くでシンジを観察出来たのは出会ったとき以来だ。
その時でさえ、すぐに二人の距離は離れてしまい、じっくり見つめ合うことなど叶わなかった。
だからこれは千載一遇のチャンス。一生分の運を使い果たしたような幸運。「うぅん」
そんなマヤの熱視線が苦しいのか眉を寄せて悩ましげな声を漏らすシンジ。
「ああっ、カワイイっ♪」
身悶えるようなその仕草と表情はマヤの心にクリーンヒットした。
思わずテンションが上がり、悶絶して床をゴロゴロと転がり出す。
周りの状況をよく見ずに勢い良く転がった結果、部屋の隅のロッカーにぶつかった。「うきゃぁ!」
衝撃で倒れてきたロッカーの下敷きになる。
辺りは一瞬静寂に包まれた。「うんしょ、うんしょ」
倒れたロッカー、散乱した荷物。
そこから芋虫のように這いつくばって脱出する。「ふぅ〜、私としたことがちょっとはしゃぎすぎちゃった。てへっ♪」
そう、自分の頭をコツンと叩いてみせる。
軽く痛い子だった。「シンジ君、起きちゃった?」
ベッドをふちを掴み、這い上がり対象を確認する。
シンジは小さな身動きを一つついただけで覚醒はしていなかった。「ふぅ〜、よかったぁ」
取りあえず大丈夫なようだ。
ここで起きられては台無し、これ以上イタズラが出来なくなる。「シンジくぅ〜ん」
こうして頬擦りしたり、上半身に覆いかぶさったりといったことが出来なくなるのだ。
今はシンジのほっぺを人差し指でツンツンしている。「うぅぅぅ!!!」
至福な弾力がマヤの指を襲う。
あまりの感激でまた転がりそうになるが、必死で抑える。
興奮の為に乱れる呼吸を整え、気持ちを落ち着かせた。
「うぅん」小さく身じろぎをするシンジ。
一瞬身を固くするマヤだが覚醒する兆しがないことに安堵し、今度は更に調子に乗ってシンジの胸に顔を子犬のように擦り付ける。
ただ擦り付けるのではなく、シャツを肌蹴たうえでだ。
猫缶の如く懲戒免職まっしぐらである。。「私、もう死んでもいいかも」
今なら地球が滅亡しても後悔はない。むしろこの状態で世界が滅んで欲しい。
だがこの後すぐ、彼女をさらに至福の状態に叩き落す事態がおこった。
軽く身じろぎしたシンジが胸元にあるマヤの頭を柔らかく抱きしめたのである。「はぅぅ〜〜!!(真っ赤)」
みるみるのぼせるように顔が赤くなった。
自分だけでは出来なかった温かい抱擁が実現した。しかも素肌の胸に。
鼻腔をくすぐるシンジの匂い。マヤをいけない気持ちにさせる魔性の匂い。
それに誘われたマヤは、頭をしっかり固められた状態にもかかわらず、器用に身体をベッドの上にあげ、ゆく〜りゆく〜りと身体を横たえていく
全てが完了すると、そこには美少年と添い寝をする保険医の図。が出来上がっていた。
しかも保険医の頭は美少年のはだけた胸元にあり、その頭を少年は両の手で優しく包み込んでいるのだ。「最早、これ以上の幸せはありますまい?」
なぜか渋めな口調でそう呟く。
まさに本懐、本懐であった。(殿様口調でお願いします)「くふふぅ♪」
そのままの状態でしばらくシンジを弄び続けた。それでも一向に飽きる気配は無い!
しかしそんなマヤの至福の時も長くは続かず、事態は急展開。
突然、シンジの身体が赤い光に包まれたのだ!
光は瞬く間に全身を強く包みこむ。「し、シンジ君!?」
名を呼ぶが返事はない。しかも密着しているにも関わらず、彼の身体の輪郭を掴む事ができない。ほのかに赤い光を発しているのだ。
その光は更に目も眩むほど強くなり、その後、何事も無かったように収束した。「一体、な、なにが? ……あっ」
瞑った目をゆっくりと開けながら、恐る恐るシンジを見る。特に変わりはないような。
だが少ししてある違和に気づく。肌蹴たYシャツから覗く胸の膨ら。
先程までは確か平坦だったはず。「も、もしかして、女の子になっちゃったの? シンジ君」
そう結論付けて良いようである。「これが噂の女の子シンジ君」
たまに見掛けることはあるが、こんなに間近で見たことは無い。
マヤが好きになったのはあくまで男の子のシンジである。
別にそういった趣味は無い。今のシンジは守備範囲外だった。「………………良い。(*´д`*)ハァハァ」
早速新しい趣味が生まれました。(涙)
「男の子のシンジ君も勿論良いけど、女の子のシンジ君も……。(赤)」いったん起こしていた身体を再び密着させる。
そして流れるような動作で頬をシンジの肌蹴た胸につける。
んんっ! と甘い反応が返ってくる。「可愛いよぉ! シンジくぅ〜ん」
感極まったように何度も頬を擦り付けた。
男の子シンジには無かった優しくて甘い柔らかさが大変にお気に召したご様子です。
とてもにこやかな表情をされています。お幸せなんですねマヤ様は。「あ、あんっ、……ん、……ぅぅっ」
たまったもんじゃないのは意識を失っているシンジ君。
ご機嫌なマヤの頬擦りに合わせて小さく鳴かされているのだから。
「わ、私のファーストキス、シンジ君にあげるね。(赤)」
しかもこれである。
少なくとも気絶している生徒に言う言葉ではない。
「シンジ君……」
だがこの乙女は本気のようで軽く開いていたシンジの唇に合わせるように、キスをした。「んんっ、ぅんん」
自然と鼻にかかった甘い声が出る。
シンジの唇はまさに甘露。甘露である。(殿様口調でお願いします)
柔らかく、本当に甘い。
このまま何時間でも口遊びをしていたいぐらいに気持ちが良い。
最初は探るように唇をあわせる程度だったが、すぐにディープなモノへと移行する。「ん、ぅん……」
ピチャピチャと唾液が交わり舌が一方的に交差する。マヤの一方的な攻めだ。
それでもたまに反射行動のように身悶えるシンジ。無意識に感じているのだろう。
両親に小さい頃から感度を鍛えられているようだし。
そんなシンジの反応が嬉しくて、マヤの行為はより激しく、そして表情は蕩けきっている。「んんっ……、はぅん、ん……、んん…………、んんっ!?」
あまりの激しさでようやくシンジが覚醒した。
気がつくと目の前には女の人。そして口内を蹂躙されている。
事態を把握しきれずに呆然とそれを受けていた。ようやく理解し、抵抗しようと女の人の肩に手を当てる。
しかしその人物がマヤだと知ると、押し退こうと思っていた手が止まる。「ん……、んん、シンジ君……、起きたの?」
「い、伊吹先生。……何してるんですか?(汗)」
「シンジ君の看病。……シンジ君、アスカちゃんとレイちゃんの戦いに巻き込まれて気絶しちゃってたから」
「あっ、そういえば。……そ、それでアスカ達は?」
「教室に戻って授業を受けているわ」
「……そうですか」
納得したようだ。
その前にもっと納得できないことがあるような気がするのだが。「と、ところで、どうして……、あの、僕達、キスしてたんですか。(赤)」
そこだよね。やっぱり。
「し、シンジ君が可愛かったから。(赤)」
「そ、それって……どういう」確かにすんなりとは受け入れられない。
可愛かったからキスって……。そんな子犬じゃないんだから。「シンジ君のこと前から可愛いと思ってたの。それで今日ここに運ばれて看病しているうちに自分を抑えられなくて」
最初から抑えているようには見えなかったが。
「私、シンジ君に階段で助けてもらったときから、ずっとシンジ君が好きだったの!」
もう破れかぶれというか、ここまでしてしまったのなら覚悟を決めよう。
そんな気持ちでマヤが叫んだ。「あの時から、いつも優しく笑ってるシンジ君やアスカちゃん達と楽しそうに笑ってるシンジ君を見て私……」
感極まったように瞳を潤ませた。
「シンジ君が好き! 大好き! でもこんな年の離れた女じゃダメよね?」
情熱的な告白から一転して弱気の態度。もちろん作戦だ。
「えっ……、そ、そんなことないですよっ!」
見事にその作戦に踊らされるシンジ。
ただ実際マヤのことは嫌いではない。というかあんまり関心がなかった。(毒)
普通にどこにでもいる優しい保険医のお姉さんという立ち位置だったのだ。「伊吹先生は綺麗で優しいお姉さんって感じで、先生が本当のお姉さんだったら良いなぁって思ってました」
だが心優しいシンジは思いつく限り、マヤのフォローをする。
「じゃあ、私のこと嫌いじゃない?」
「は、はいっ。……キス、されたのは驚いたけど、でも別に嫌ではなかったですし」というか毎日のようにされている両親の恥辱的行為に慣れていて、大抵のことは平気だ。
「ホントっ! じゃあ私のこと好き!?」
「えっ……、あ、あの……」
好きというか……、ふつう?
顔見知りの友達。の友達。ぐらいの感じ?(ようするにどうでもいい)
だが、間を空けたために涙目になっていくマヤを見て、「す、好きです。僕、せ、先生のこと好きです」
慌てて言葉を続ける。
しかしそれはマヤという火にとっての油。「うれしいっ! じゃあ私達両想いなのねっ。大好きよシンジ君! 私と一つになりましょう!」
八艘飛びの如く男女交際の段取りを飛び越えたマヤは感極まったようにシンジの首筋に顔をうずめる。
そしてそこからスゥーっと下に下がり当り前のように唇でシンジの胸を苛めた。
本気愛撫突入だ。「んぅぅ! だ、ダメです先生っ……、って、な、なんで、いつのまに女の子に」
たった今、気がついた。「ん、はぁ……、さっき変わっちゃったの」
本気愛撫を一旦中止してマヤが言った。
だがすぐに再開する。
「あっ、だ、ダメですっ、先生っ……、あっ、んんぅ!」ベッドがギシギシと音を立てる。
シンジの嬌声が保健室に断続的に響く。
このままいけば確実にシンジの貞操が奪われる。
しかしそうはならないのが、また物語のお約束でもある。タッタッタッタッタ! ガチャガチャ……、バキバキっ! ドガァン!!!
走ってきてドアを開けようとする。開かない。破壊。
実に短絡的で直情的。むしろ爽快ですらあった。
ジャイアンですら小動物に過ぎないと思わせるようなやんちゃぶりだ。「シンジの様子はどうなのマヤっ!?」
「碇君が呼んでる?」心配そうなアスカの声と何故か疑問系のレイ。
彼女らの視界に映るのはけが人としてのシンジの姿ではなく、性被害者としての姿。
上半身を肌蹴た状態で睦みあっているマヤとシンジ。「ひっ! あ、アスカちゃん、綾波さん! 待って!」
一瞬で超サイヤ人57ぐらいまで殺気が高まった二人。
例えこの場にナッパが10万人いてもこの二人は倒せないだろう。
ヤムチャならもう目も当てられない。だからマヤは心底怯えていた。二人を見て痙攣するかのように身体を震わせていた。
このままでは意識を黒く塗り潰され、身体も物理的に潰されてしまうだろう。「オレ許せねぇ! ……父ちゃん! オレ許せねぇよコイツだけは!(涙)」
凄まじい怒りで完全にキャラが変わっているアスカ。
しかも誰だか全くわからない謎キャラだ。
ラスボスを倒す前の主人公風味な設定に見受けられるが。「工藤君……、私……、あなたのことが。(赤)」
こちらはキャラは分かるがセリフに脈絡がない。
だが結構萌える。(笑)「ふ、二人とも落ち着いて! 先生は僕の看病を……」
これから起こるであろう血の惨劇を予想し、それを回避するために必死の弁解を繰り広げるシンジ。
しかしどう言い繕っても衣服の肌蹴た今の状態は変えられない。救いようが無い。「でもね、僕は平気だし、先生のこと嫌いじゃないし……、だから、怒る必要なんて」
それは逆に火に油を注ぐような説得だ。
事実二人は酷くむかっ腹を立てていた。
更にシンジの胸元に見えるキスの痕が怒りを増幅させ……、
「ひっ、こ、来ないで! きぃああああああああ!」
マヤの身の毛もよだつ怯えの声が保健室をつんざいた。
「ところでアンタ、なんでシンジが女になっても驚かないのよ」
下校途中。当たり前のように女シンジに馴染んでいるレイ。
「碇君は碇君だから」
アスカのその言葉にこちらこそというように当たり前に答える。「綾波さん……。(赤)」
何気にシンジのレイに対する好感度がアップした。
「むぅ〜、アタシだってシンジが男でも女でも構わないわよっ! それにどっちもアタシのものよっ! 幼馴染なんだから!」
絶妙のラストパスを自ら送ってしまったことに歯噛みし、
それを挽回しようと得意のジャイアン理論(2014年 惣流・アスカ・ラングレーが提唱)を展開した。「それはありえないわ。なぜなら碇君は私と結ばれるから。(赤)」
その言葉でまた火種が生まれる。
あっという間に二人の行動に引火し、壮絶なバトルが開始された。「もういい加減にしてよぉ!(涙)」
この二人の歩いた後は何も残らない。まるで軍隊アリのようだ。
マヤの無惨な残滓を思い出したシンジは強くそう思った。
さーて、来週のサザエ○さんは?
マス○オです。最近○タラちゃんの様子がおかしいんです。
身体からタバコの匂いがしたり、妙に大人びた口調で私達に話しかけてきたり。
それにお友達のリカちゃん○が○タラちゃんのことをご主人様って言い始めてるんです。
サザエ○はそんな○タラちゃんを見て心配になったのか、最近どこかの新興宗教に熱心に通っています。
そこでお布施を包めば包むだけ○タラちゃんが立派な大人になる事が出来るのだと血走った目で言うんです。
○タラちゃんのためにサザエ○の言うとおりにした方が良いんでしょうか?
磯野家の土地の権利書などの場所は分かってます。次回……
○タラオ、歌舞伎町を知る。
サザエ○、新興宗教にはまる。
カツオ、 ジャブロー攻略。の三本です。また見てね。んあふっふ!
「あー面白かった。来週も目が離せないわね!」ソファーで寝そべりながら国民的テレビアニメを見ていたユイ。
満足感に浸っているようだ。「ただいまぁ!」
「おじゃましまぁす!」
「…………!」玄関から愛しの我が子と幼馴染の子の声が聞こえる。
「ちょっとアンタっ! 無言のくせに一緒になって最後に「!」をつけてんじゃないわよ!」
便乗するレイにアスカが吠える。
「…………?」
「今度はそっちかい!」
小気味良いツッコミが響いた。
「ただいま母さん」
「お帰りなさい、シンちゃん」
背後の喧騒を放ってリビングに入ってきたシンジがユイを見つけ、言った。
ユイも嬉しそうに返事を返す。「随分早いね、仕事じゃないの? 父さんは?」
「仕事よ。私はサザエさんが見たかったのと行く気がしなかったのとでサボリ」
「そ、そう。(汗)」
「それよりもシンちゃんこそ、女の子になっちゃって」
「あ、うん、何か気を失っているうちに勝手になったみたい」
「あら、気を失ったって……、何が起こったのか是非知りたいわ」マヤの暴挙を聞いたらユイは激怒するのだろうか。
「お邪魔しますおばさま」
「…………。(コクコク)」
「いらっしゃいアスカちゃん。レイちゃん」二人に微笑みながら機嫌良く挨拶を返すユイ。
「あ、そうそう、シンちゃん?」
「なに?」
「早速で悪いんだけど、今日、レイちゃんが「モエ日」のレギュラーになったお祝いをしようと思うの」
「え? ……も、もえにち?」
「そう。分かりやすく言うなら、レイちゃんの歓迎会よ♪ だから、パーっと豪勢なパーティーを開こうと思うの。良いでしょう?」
「うん、良いと思うっ! 綾波さんも良いよね?」
「構わないわ」
「アスカちゃんも参加してくれるわよね?」
「あ、はい! もちろんです!」
心酔しているユイの言葉は絶対である。「来なくて良いのに……」
「なんか言った?(ギョロリ)」
「言ったわ。(ギョロリ)」
お互い、老獪な翁の威圧のように眼光を浴びせあった。「まあまあ二人とも落ち着いてね♪ 折角なんだから楽しくやりましょう♪ 今日だけで良いから。明日から好きに殺りあっていいから、ね?」
二人を宥めているようだが、後半に爆弾を投下している。
それを聞いてお互い殺気立ったままニヤリと笑った。自身が煽ったそんな二人をほったらかしてユイは話を続ける。「それでね料理はフェイ姉さんが送ってきてくれるって言うんだけど、私としてはシンちゃんの手料理も食べたいから何か作ってくれないかしら?」
「うん、わかった。じゃあ軽く作る事にするね。綾波さんはなにか嫌いなものとかある?」「肉」
「そっか、じゃあ綾波さんには肉の無い料理を作って、アスカにはアレとアレ、母さんと父さんにはアレとかだなぁ」
「し、シンジっ! アンタもしかしてアレを作ってくれるの!??」
「うん、楽しみにしててね」
「や、やったぁ!」シンジの笑顔の肯定にゲームのラスボスを倒したときのような声を出して喜ぶ。
何を作るのかは私達には知る由もない。(なぜなら決めていないからだ)「じゃあ、材料買ってくるね」
「ええ、お願い。私はお部屋の装飾でもしてるわ」
ユイが立ち上がった。「あ、アタシも行くわ!」
「私も行くわ」
二人も臨戦態勢に入る。「アンタは行かなくて良いわ。アタシ一人いれば十分よ!」
「それはこっちのセリフ。あなたこそ用済み。大人しく余興の手品でも覚えていれば良いわ」
「アンタこそ、寒い漫談のネタでも考えてなさい」
激しい火花を散らし、それが殺気に引火したようで二人は野獣のような殺し合いを始めた。「あらあら、本当に元気なガキどもね♪ シンちゃん、しょうがないから一人で行ってきてくれる? 私はこの子達と部屋の飾りつけでもしてるから」
「う、うん、じゃあ行ってきます」
何気に殺伐としたユイの言葉に戸惑ったシンジだが、ユイであれば確実に二人を止められるだろうと思い、ここは買い物をと家を出た。
「う〜〜〜〜ん、やっぱりアスカ達にも来てもらえば良かったぁ」
重そうな袋を両手で持って辛そうに歩くシンジ。
「でも二人に来てもらったら余計に大変だよね」アスカとレイの相性の悪さを思い、苦笑する。
苦しそうに息を吐きながら、高い塀に囲まれた住宅街の突き当りを右に……、「わぁ!」
「おわ!」
曲がった途端に壁にぶつかった。買い袋を落として盛大に尻餅をつく。「い、いって〜!」
「あ、あの、ごめんなさい! ……ひっ!」
相手の声を聞いてシンジは慌てて倒れている人物を見た。そして悲鳴を上げた。
そこには巨体の男。ゲンドウの比ではないほどに迫力のある体格。
かなり頭の方が寂しくなっているが、それよりも特徴的なのは左腕が義腕であることだ。「あ、あ、あの……、大丈夫ですか」
恐る恐る声を掛ける。完全にビビッていた。
だってこんな人、強面の男でもチワワのように怯えるよ?「あぁ、くそ! ……痛ぇじゃねえか全く!」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! わざとじゃないんです! ごめんなさい!」かなりお怒りになっている様子のオジサンの態度に怯えてしまったシンジはひたすら頭を下げる。
「どうしてくれるんだよお嬢ちゃん。おかげで腕がおかしくなったじゃないか!」
「ほ、本当にごめんなさい」涙を瞳一杯にためながら謝るシンジ。
「うっ!(汗)」
そんな美少女の怯え、純真な謝罪に何故か逆に怯えだすオジサン。
「どうしたぁジェット」
困ってしまって固まってしまったオジサンを助ける別の男性の声。
振り向いたシンジの目に映ったのはこちらも巨体、というか長身のボサボサ頭の男。
オジサンよりだいぶ若い容姿をしている。特徴的なのは両目の色が違うという事。「き、聞いてくれよスパイク。このお嬢ちゃんがいきなり飛び出してきて、おれの腕にぶつかりやがってよ。お陰で相棒がご機嫌斜めだぜ」
言葉は攻勢だが表情や態度は明らかに劣勢という不思議な状態で事態を説明する。
良い所に助けが来た。というようなホッとした表情をみせている。「なにぃ! それは酷い!」
ワザとらしい驚き方とまるっきり棒読みなセリフ。
どことなく加持の声に似ている。「ご、ごめんなさい! わざとじゃないんです。本当に……許してください」
「うっ!(汗)」スパイクと呼ばれた男は、シンジの怯えた必死の謝罪を受けて怯んだ様子。
それを見て今度はジェットと呼ばれていた巨体のオジサンが嫌々口を開く。「わざとじゃなくても自分の行動に責任を持つのが人間なんじゃないのか?
そしてそれが人と人との信頼関係を築きあげるのに大切なことなんじゃないのかねぇ」「じゃ、じゃあ、どうすれば良いんです、か……?」
「やはりここは身体で払ってもらうのがセオリーってやつじゃないか? ……なぁスパイク?」
「ま、まあ、そうだな」二人とも恐怖で強張るシンジを見て物凄くやりにくそうだ。
「そ、そんな……、でも、そうですよね。ぼ、僕が悪いんだから」
自分がちゃんと前を確認しないでぶつかったのが悪いのだ。
そしてそのせいで目の前の男性の片腕をおかしくしてしまった。償いはするべきだろう。「わ、わかりました。僕なんでもします。それで少しでも償いになるんなら……」
カタカタと身体を震わせながらも精一杯にそう言い切った。
それで何をすれば良いんですか? そういう無垢な瞳で二人を見つめる。「げっ、まぢ?(汗)」
「…………。(汗)」今度は二人が怯える番だった。
精一杯の勇気と決意で自分を見上げる少女に逆に追い詰められる。
まさかこれを受け入れるとは……、シナリオと違うじゃないか。
本当は少し抵抗して貰って、そこに……。「ふんふんふんふん♪ ふんふんふんふん♪ ふんふんふんふんふ〜んふふん♪」
二人にとって絶体絶命!と思われたとき、どこからとも無く例の曲が聴こえて来た。
それを聞いて安堵の表情を浮かべるジェットとスパイク。
彼らにとってまさに喜びの歌だった。思わずガッツポーズをとる。「………………」
シンジは事態を把握できずキョトンとした表情で歌の聞こえる方を見た。
道の反対側、塀の上。銀髪の髪をした少年が座っている。「歌は良いねぇ♪」
少年は言った。
「なんだお前!」
ジェットと呼ばれるオジサンが言った。何かの開放感からか妙に生き生きとしている。
しかし少年はその声を無視し羽根があるかのように軽やかに塀から飛び降り、着地した。「なんだお前は!」
もう一度言ってみる。やっぱり声は妙に弾んでいた。
「ふん、君達のような悪党に名乗る名前はないよ。女性に乱暴しようとする最低な男になんてね」
「なんだとぉ!」少年の言葉に頭にきた(みたいな演技をしている)オジサンはその巨体を最大限に生かしたパンチを少年に繰り出した。
「あっ!?」
シンジは少年が殴り飛ばされると思い、咄嗟に目を瞑る。
すぐにコンクリートが砕けた音が耳に届く。
恐る恐る目を開けたシンジの視線の先には完全に破壊された塀。
オジサンの義腕に木っ端微塵に破壊されたのだ。腕なんともないじゃん。
肝心の少年はその攻撃をあっさりとかわしたようでキズ一つ負っていない。「な、何者だ……、おまえ」
オジサンは驚いたように少年を見て言うと、巨体をグラリと揺らして倒れた。
「ジェット……」
傍らで見ていたスパイクは一撃で倒された相棒を見て驚きの声を上げた。
だがすぐにニヤリと笑うと少年に向き合い、目にも留まらぬ速さで近づき前蹴りを放つ。
少年は顔を後ろに反らしてその攻撃をかわす。しかし今度はその振り上げた蹴りが勢い良く下ろされた。踵落としである。
少年はそれを十字にクロスした腕でブロックする。
そして男の軸足に鋭い蹴りを放った。「ほう!」
男は感心したように声を上げると、軸足をわざと倒し転倒するように身体をひねった。
地面に手をつきクッション代わりにゆっくりと曲げて肩もつけると、ブレイクダンスのように身体を回転させ、少年に蹴りを放つ。「ふ〜ん」
少年も感心したように声を上げ、両腕を重ねてブロックする。
だがやはり威力は相当なモノのようで、3メートルほど吹き飛ばされる。「坊主、なかなかやるじゃないか!」
「あなたこそ」少年は爽やかに微笑みながら応える。
「でも、本気の僕の相手をするのには力不足のようだ」
「ははは、そうか、なら試してみようじゃないか。本気でかかってきな」
「ふふふ……、行くよ!」
「た、確かに今のオレでは勝てないみたいだな……」
男はそういうと地面に崩れ落ちた。
少年は倒れた男を一瞥すると、呆然とこの戦いを見ていたシンジのもとへ……。「大丈夫かい?」
優しい声でそう言った。
少しのあいだ、少年の顔をただ見ていたシンジだったが、「は、はいっ」
慌ててそう言った。「立てるかい?」
そう言って今度はシンジに手を差し伸べる。
シンジはゆっくり、恐る恐る少年の手を掴む。そのまま引き上げられた。「あっ!」
順調に立ち上がったが、先程の恐怖の影響で足に上手く力を入れれず、体勢を崩し少年に抱きついてしまう。
「あっ……。(赤)」
少年の胸に顔をうずめ、支えられるような体勢になってしまったシンジ。
不意の出来事だったので成すがまま。
少年の胸は温かかった。自然と頬が赤く染める。「ご、ごめんなさいっ」
「構わないよ。むしろ嬉しいくらいさ」慌てて離れようとするシンジに少年は微笑を崩さず言った。
少年のそのストレートな言葉に益々頬を赤く染めつつ、そっと身体を離す。「……カヲル」
「えっ?」
「僕は渚カヲル。キミは?」
「あ、え、えっと、碇シンジです」
「シンジ君か……、良い名前だね」
「あ、ありがとうございます。(赤)」名前を褒められるというのは何とも嬉しいような恥かしいような複雑な心境だ。
「あ、あの……、助けてくれて有難うございました」
そう言って大げさな程にペコリとお辞儀をする。
自分が悪かった面もあるので暴力で解決してしまって後味が少し悪い。「気にする必要はないさ。ああいう輩は何も悪くない人に無理難題を押し付けるのが得意なんだ。ホント最低な人間だよ」
ピクンっ!
カヲルがそう言った瞬間、気絶しているはずの二人の身体が反応した。
それを横目で軽く見たカヲルだったが、すぐに視線を戻す。「それに、可愛い女の子が困っていたら助けるのが当り前だからね」
「あ、ありがとう。(赤)」俯いて顔を赤くするシンジ。
「ところでその買い物袋から察するに、買い物の帰りだったんじゃないのかい?」
「…………あっ!」
「早く帰ったほうが良いんじゃないのかい?」
「は、はい」
その通りだった。アレを作ると約束しているのだ。
遅くなるとアスカの角がどんどん増えていく。「じゃあ、もう行くと良いよ」
「は、はい。……でも、まだお礼をしてないし」「お礼? ……ふふふ、そんな事気にしなくて良いんだよ?
さっきも言ったように可愛い女の子が困っていたら助けるのが当り前だからね。僕は当り前のことをしたまでさ」「で、でも……」
「……ふふ、キミは好意に値するね」
「えっ? ……コウイ?」
「そう……、好きってことさ」
「すき? ……………………えっ!」意味を理解した途端、燃え上がるように顔中、首筋、耳までも赤くなる。
会って間もない優しい雰囲気を持つ少年、しかも絶体絶命のピンチを助けてくれた少年。
そんな彼に好きと言われて頭真っ白、顔真っ赤状態。「あ、あの……そ、その、それは、えっと、その、えっと、あ、そ、そうだ、これを……」
顔からプシュルルっと湯気を出し、目を渦巻きにしながらあたふたと訳も分からず言葉を紡ぐシンジ。
思考力の無い状態で何かを思いついたらしく、買い物袋からある物を取り出した。「あ、あのこれ、ととととってもおいしいモノなんです! よ、よかったら食べてください!」
そう言ってシンジが渡したのはバナナであった。しかも一房。
「そ、そそそれじゃあ失礼しますぅぅ!」
蒸気機関車のように顔から湯気を出しながら駆けて去っていく。
「ふふふ、また会おうねシンジ君」
遠くなっていく背中にそう告げる。
その声が聞こえたのか吸い込まれるように「ドンっ!」と激しい音を立て電柱に接触する。
だがそれにさえ気がついていないのか、何事も無かったかのように走り出す。
程なく道を曲がり見えなくなった。「予想外だよ。シンジ君があんなに素敵な子だったとは……、それに」
手渡されたバナナを見る。
「この僕にバナナをくれた人は初めてだよ。ゼーレコンツェルンの御曹司の僕にね。……ふふふ。
でもいままで貰ったどんな高価なものより嬉しいね。このバナナにはシンジ君の心がこもっているから」頬擦りするような感激の声。
「さ、早く帰って食べる事にしよう。それに一本は永久保存しておこう。……シンジ君と僕の出会いの記念として取って置くんだ。
ほら、帰るよスパイク! ジェット! あまり遊んでいる時間はないからね」カヲルがそう言って歩き出すと、先ほど彼に倒された男二人がムクリと起き上がる。
「なあスパイク。俺達なにやってんだ?」
「………………」「金持ちのボディーガードならいざ知らず。なぜ女の子を襲うマネをしなきゃなんねーんだ?」
「知らねーよ」「くそぉ! 金になる話だとフェイに聞いて飛びついてみれば、こんなしょうもない遊びに付き合わされて。全くやってられねーぜ」
「俺達には金が無い。背に腹はかえられないってやつだな」「お前、今日は随分大人しいな。いつもならお前がグチグチ言いそうなのに……」
「まあ人間、諦めが肝心ってね。あと少しで契約切れるからその時まで我慢我慢」
「その期限切れまであとどれくらいあると思ってる?」
「……言うな。逃げ出したくなる」
「「はぁ〜〜〜」」
とてつもないほどの哀愁を秘めた溜息と背中を見せて二人はカヲルの後を追った。
その足取りは酷く重いものだった。