第二話  後編

 

 

 

波乱とモエに満ちた水泳授業が終わり、今は昼休み。
友達同士仲良くご飯を食べる生徒、一人孤高のダーティー・ヒーローを気取って食べる生徒、教室はそれなりに賑わっていた。

「シンジ〜、屋上行くわよ」

アスカが教室の入り口で弁当を持ちながらシンジを呼ぶ。

「あ、うん」

シンジはアスカの言葉に頷くと、鞄からお弁当を取り出す。
そして制服のスカートをひるがえし教室を出た。
ちなみにシンジは現在女の子になっている。理由は前回でお分かり頂いているはずだ。

 

二人が屋上に着いてすぐ、所用を済ませたヒカリが到着。
次に売店でパンを買いに行っていたトウジとケンスケが合流した。

「今日は人が多いね」

シンジがお弁当の蓋を持ったまま不思議そうに辺りを見回した。
しかもシンジが生徒達を見ると大抵目が合う、するとその生徒達は顔を赤くしながら慌てて視線を逸らすのだった。

「それに何かみんなと目が合うし」
「気のせいよ、気のせい」

何故か不機嫌そうな顔をしながら言うアスカ。というか気のせいと思わなければやってられない。
ゴミ虫以下とはいえライバルとしてシンジを狙っている輩だっているのだ。

「やっぱり焼きそばパンはうまいのぉ〜」

アスカの殺伐としたオーラを食欲というオーラで弾いているトウジが幸せそうに言った。
大量のパンを怒濤の勢いで次々と平らげている。

「トウジ、もっとゆっくり食えよ」

ケンスケが掃除機のような勢いでパンを胃に詰めていくトウジに無駄と知りつつも忠告する。
しかしそんな言葉など気にすることなく、怒濤の勢いでパンを食べている。

「でもトウジ、そんなに急いで食べたら体に悪いよ」

心配の色を混ぜた表情でトウジを見つめるシンジ。

「ンゴフッ! ほ、ほやな……ゴクン、もっとゆっくり食うわ」

(相変わらずトウジは女になったシンジに弱いな)

自分の忠告を無視したくせに、シンジの一言であっさり心変わりする親友を呆れたように見るケンスケ。

「シンジ〜、そのエビフライ貰うわよっ!」
「あっ! ……もう、別に良いんだけど、せめて僕が良いって言ってからにしてよ」
「わふぁはっふぁほ、いひいひうふふぁいふぁへ」
「アスカ、口の中に食べ物を入れて喋るなんてだらしないわよ」
「ゴクン、これでいい?」
 
宇宙人の委員長に注意されたアスカが口を「んあっ」という感じであけて、ヒカリに見せる。

「はいはい、もういいから、いちいち口を開けないで。女の子なんだから」

手の掛かる子どもを相手にするような想いだとヒカリは思った。
シンジはそんな二人みて微笑んでいたが、ふと自分に向けられる視線、正確に言うと自分の手元に向けられている視線に気が付いた。

「トウジ、どうしたの?」
「な、なんでもあらへんっ!」

視線の主であるトウジは、シンジと目が合うと大仰に反応してみせた。

「ふふ……、トウジも欲しいの?」

数秒間、ハテナ顔をしていたシンジだが、彼の真意を悟ったようで突然クスリと笑った。

「べ、別に……」
 
言葉と態度は裏腹、明らかにシンジの言葉が的を得ていた。
トウジの傍らにあった大量のパンはいつの間にか、ほとんど無くなっている。
しかし実を言うとそれよりもシンジの手料理を食べたいという欲求の方が強い。
昔、アスカがシンジの卵焼きをせしめてクラスオークションにかけたら酷いことになったという事実もあるくらいだ。

「はい、あげる。エビフライじゃなくて卵焼きだけど」

いきなり高額品でたー!!!
卵焼きはシンプルながら作り手の力量がいかんなく発揮される匠の品でもある。
卵の溶き方、味付け、焼き具合、切り口、それらが作用してくる奥の深い料理なのだ。
ちなみにプロの作る卵焼きはあまり溶かないらしい。(ためしてガッテンで見たよ)

 

 

 

 

箸でたまご焼きを掴むシンジ。ゆっくりとトウジの方へ身を乗り出す。

「い、いいのんか?」
「うん、いいよ。はい、あ〜んして」

シンジは無防備に微笑みながらトウジの口もとへ卵焼きをもっていく。
余談だが、今のシンジの体勢、要するに体を前屈みにしてトウジの方へ手を差し出しているその体勢は、
トウジの視界に制服の隙間から覗く、白のブラジャーと胸の谷間を見事に写していた。
もちろんトウジの背後にいる生徒達にもその光景はほんの僅かだが見えていて、
それを少しでもハッキリ見ようと全身の神経を視神経に変えてシンジの事を凝視していた。

「……あっ、あ〜ん。(赤)」

促されたトウジは顔を赤くしながら口をあける。
またまた余談だが、シンジに促されて口を開けるトウジと同様に、背後にいる生徒達も何故か一緒に口を開けていた。

「モグモグモグモグモグゴクッ、うまいっ! うまいでっ!」
「本当っ!? そう言って貰えると嬉しいな」

やはり自分の手料理を喜んでくれると素直に嬉しい。男のときでも女のときでもだ。
シンジはトウジの言葉を聞くと本当に幸せそうに顔を綻ばせて喜びを表現する。

「…………。(赤)」

流石にそんな表情は反則。ただでさえ凄まじい美少女ぶりを発揮しているのに、そんな笑顔まで加わってしまったら。
しかもそれを至近距離で受けたのだから尚更きつい。相当に心を奪われたと見ていいね。

「ふふふ、ホント嬉しいなぁ。……あ、この特製サラダも自信作なんだよ? 食べる?」

余程嬉しかったのか返答を待たずに特製サラダをトウジに差し出した。
二人のこうした行為は周りから見れば恋人同士の甘いひとときそのもの。

(ジャァァァァァァジィィィィィィィィィ!!!! 私のシンジに何させてんのよぉぉうっ!!!)
 
だからこそアスカの逆鱗に触れる。凄まじい殺気が放たれた。

「シンジ、俺にも食ぶべらっ!」
 
まずケンスケが飛んだ。
強力な右ストレートを顔面に喰らい、付近にいる生徒達(何故か全員男子生徒)を巻き込んで屋上から飛び去って逝った。
 
「そ、そうりゅう、お、落ち着けっほばう!?」
 
次にトウジだ。
不気味な声を上げてケンスケとは反対の方向へと消えて逝く。もちろん数人を巻き込んで。
 
「け、ケンスケ……、と、トウジ……」
 
「シンジ」
「はっ、はい!」

自分の前から一瞬にして消えた二人の名を呼ぶ。が、すぐに自分の名を呼ばれ背筋が凍った。

「アンタそんなことして恥ずかしくないの?」

静かに、実に静かに、諭すように言った。
自分の行為はかなり高い棚に上げている。

「な、何が?」
「何がって解らないの? ……はい、あ〜んして。なんて恋人じゃないのよ?」
「え、別にそんなつもりはないし……」
 
ただ友達にお弁当を分けてあげただけで。

「それにアンタ、その箸でジャージに食べさせたってことは間接キスってことじゃない」
「間接キス?」

そう言って箸を見つめる。
確かに自分の口をつけた箸でトウジに卵焼きもあげたし、サラダもあげた。
そうなるとやはり唾液交換ということで間接キスということになる。

「僕は別に気にしないよ?」

男同士の時にたまにジュースを貰ったりしている。
その時にそういった行為に値することはしているわけで……。

「だって友達だもん。……平気だよ?」
「そういう問題じゃないのよ!」
 「あ、じゃあアスカもいる? 僕との間接キスが嫌ならアレだけど、この卵焼き食べるならあげる。はい、どうぞ」
「ん、あ〜〜ん」
 
結局そういうことだった。

 

 

 

 

 

 

多大な被害が発生した昼休みも終わり、残りの授業も終了。

「みんなっ、気をつけて帰るのよん♪」

帰りの挨拶を終えてにこやかに教室を出るミサト。
頭の中はもうえびちゅのことで一杯である。
そしてそれに続いて教室を出ていく生徒達。

「シンジ、帰るわよ」
「は、はい」

静かに歩き出したアスカに恐る恐る付いて行く。

「あ、トウジ、ケンスケも……」
「シンジ、帰るわよ。……二人で」
「あ、あの……、えっと……、はい」

二人を誘おうとするが、アスカの射殺す視線に敗北した。
昼食時、お弁当を食べさせたことで機嫌が直ったのかと思いきや、それはまた別問題で怒りは持続していたようだ。
トウジたちの姿を見て酷く不機嫌になっていた。

「トウジ、ケンスケ、また……、明日ね?」
「お、おう」
「またな……、碇」

呆気なくお別れとなった。

「あっ、碇っ、ちょっと待ってくれっ!」

何かを思い出したらしい。
ケンスケが教室を出ようとしたシンジを呼び止める。

「なに? ケンスケ」
 「あ? なんだ、メ」
 
メガネとすら呼んでもらえない。一文字で片付けられてしまった。

「こ、これ、四時間目のデータ、お、おばさんに渡しといてくれ」
 
アスカの凄まじい殺気に震えながら何とか声を絞り出した。
いったい自分はどんな拷問を受けているんだ。
そう思ってしまうほどの精神的苦痛がケンスケを襲っている。

「ちゃ、ちゃんと渡してくれよ。…………じゃ、じゃあな」

恐々としながら何とかそれを渡すと、足をガクガクさせながら教室を出ていった。
通り道に黄金色の液体が転々とついているのはご愛嬌だ。

「……帰るわよ、シンジ」
「は、はい!」

ビクン!
肩を震わせて頷くシンジだった。

 

 

 

 

 

「あ、アスカ?」
「………………」

いつもなら「なによ」の一言ぐらいあるのだが、先ほどから一切の応答がない。
まるでただの屍のようだ。

「あ、あのぅ……」
「………………」

やはり原因は先ほどの間接キス事件だろう。

「ご、ごめん。その、なんていうか」
 
悪気があってやったことじゃない。ただ友達にオカズを食べさせただけで……。
そんな悪い事は…………、確かにしてない。
シンジに非は全く無い。

「ごめん、もうしないから」

だがアスカに論理は関係ない。
1+1=アスカ様。そういうものなのだ。
だからアスカ様が悪だと思えばそれは絶対悪なのである。

「機嫌直してよ、アスカ」
「………………」
 
シンジの必死の謝罪。それでもアスカは深い沈黙を貫いている。
それだけ怒りが溜まっているのだろう。

(うふふ、困ってる困ってる。……あの怯えて反省した声、……いいわぁ)

溜まってんのは煩悩かよ。何考えてんだよお前、全然怒ってねぇじゃねぇかよ。
むしろ反省シンジ、怯えシンジの態度を楽しんでいるご様子。

(それにしてもモエだわ。男の時もいいけど、やっぱり女になった方がモエモエね)

「あ、アスカぁ……聞いてよぉ」

(あとこう男の時と違って雰囲気が柔らかいのよね。甘いって言うか……。身体も柔らかいけどね。ひっひっひ)

「ねぇ、アスカぁ……」

(胸なんか生意気に私よりあるし、お尻なんてこうキュっとしてスベスベで……、あそこに毛も生えてないくせに生意気だわホント。
性格は変わんない。っていうか今回みたいに無意識で人を翻弄する小悪魔属性付きやがるけど。まあそれが結構クるんだけどね)

無言を貫くアスカだが内面では活発な精神活動を行っていた。
しかも割りと最低な部類に入る活動だ。

だがそんな内面が外面に少しずつ現れているようで時よりシンジを見て舌なめずりをする姿は残念ながらモロに変態さんだった。(涙)

「悪いと思ってるよ。・・・・ね? 今度からはそういうことはしないようにする。
それにお詫びとして今度アスカにとっておきのお弁当を作ってきてあげるから」

「……………………」

普通の人間なら泣いて喜びそうな提案だ。
狂い死にするかもしれない。

(うぐ……、我慢我慢。…………もう一押しね)

眉がピクっと動く。
しかし今までの経験上、まだシンジの譲歩を引き出せる。

 

「そうだっ! 今度ご飯を作りに行って上げるよ!? アスカの好きなモノを一杯作ってあげるからさ!? ……ねっ!?」

「……………………」

 

「………………もうっ! いい加減にしないと怒るよっ? だって僕は悪くないじゃないか!
僕はただトウジにお弁当を分けてあげただけで、それで友達だからそのまま食べさせてあげたんだしさ! 何が悪いのか教えてよ!」

「………………(汗)」

あ、やばい、引っ張りすぎた。その前で止めておくのがベストだったのか。

「じゃあ一日何でも言うことを聞いて上げる権! これでどう!? もうこれ以上は何もしないからね!」

だがやはりシンジはシンジ。あくまで譲歩する立場にいるようだ。(笑)

「乗ったぁぁ!」
 
そして機は熟した。
これに乗らずして何に乗るというのかっ!
百人一首選手権の優勝者よりも早い反応でアスカはその権利を奪取した。

「アンタっ! 今の権利に二言はないわよね! 絶対に言うことは聞いてもらうわよっ!?」
「えっ? …………う、うん」
 「絶対に一日言うことを聞いてもらうからね。……覚悟しておきなさいよっ!」

フン! とでもいう感じで腰に手を当てて胸を張る。

「わ、わかった。……でも、……あんまり酷いことはやめてね?」
「そうね。……考えとくわ(ニヤリ)」

シンジの懇願を軽くあしらって前へ進む。
ちなみにこの権利がいずれ、もの凄いモエモエ事件を引き起こすのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

「ふう〜、出来た。後は母さん達が帰ってくるのを待つだけ」

アスカと別れた後、帰宅したシンジは、家事、夕飯の支度で大忙しだった。
時刻が7時を過ぎた頃、テーブルの上には夕飯が並び、家事は概ね終了した。

「はぁ、疲れた」

溜息のような呟きを吐いてソファーに深く腰を下ろす。
そろそろあの二人が帰って来る頃。騒がしくなる前に一息つこう。
そう考えた。

「シンちゃんっ! ただいまっ!」

最愛の子に休む暇さえ与えないのか無常にも数秒で碇ユイ到着だ。
最愛なだけにすぐにでも会いたいという親心なのだろう。足音を響かせ、弾んだ声でリビングに入ってくる。
そしてシンジを見つけるとダッシュで走り寄ってきて、ソファーに座っている獲物に向かってダイビングする。

「あ、おかえり……って、わっ! あ、危ないよ、母さん!」
「シンちゃ〜〜ん! ……んふふぅ、女の子になったんだぁ」

突進の勢いを利用した熱い抱擁。シンジを胸に掻き抱く。
いやユイがシンジの胸に顔を埋めている。

「水泳があるって知ってたんだから分かってるくせに」
「ふふふ、それは言わない約束よ。……シンちゃんのイジワル」

何が意地悪なのか全くわからないが、ユイにとって今のシンジの発言はSだったのだろう。
M的な表情を浮かべシンジの胸を指でクリクリする。

「んっ、ちょ、ちょっと……、駄目だよ母さん」

シンジの全てを知っていると常日頃から豪語してるユイはピンポイントで胸のソノ部分をクリックしたようで流石のシンジも声上げる。
だがユイは気にしない。むしろその声を聞きたいとばかりにあんな文字やこんな文字を胸のキャンバスに描く。

「ほ、ホントにだめっ、……違うとこ、ならっ……、いいから! あん! どうしてそこばっかりぃ!」
「うふふふぅ♪ プニュプニュしてて気持ちいいわぁ、シンちゃんのキャンバスは」

すでにロマン派な絵画が出来ているぐらいのタッチをシンジのキャンバスに施した。
飽くことのない感触だ。柔らかさやハリはもちろん、触ることによってもれ出るシンジの声がまた琴線に触れる。ショパンの旋律よりも甘い音色である。

「も、もうっ、いい加減にしないと怒るよ!?」
「そ、そんなぁ……。で、でもどうせ怒られるんなら……、や、やけくそだぁ! こうしてやるぅ!」
「ひぃ! あ、嘘! 嘘だから、それは、……ぁあ!」
「うっふふ♪」
 
片手で1秒も掛からずにボタンを外す。
開いた瞬間にシンジの甘い匂いがユイの鼻腔をくすぐった。
これだけでご飯三杯はいける。そういう至福の匂いだ。
顔を近づけて胸いっぱいに吸い込む。

「そ、そんな……、匂いなんてかがないでよぉ!(赤)」

シンジの羞恥の声を無視して、スンスンスーンのリズムで匂いをかぐ。
肌蹴たブラウスからは健康的な肌が露出し、魅惑的な胸元が覗いた。
ただブラジャーが邪魔だと思った。

「えいっ、はずしちゃえ♪」

器用に背中に手を入れられプチンとホックを外され、プリンと胸がまろびでた。
玄関開けたら二分で陵辱。まさに最低な親である。

「え? やぁぁ!」

成す術なく胸を開放され悲鳴を上げる。
普段からそこまで女性としての意識があるわけではない。
どちらかというと女性として無防備な部分が多いシンジであるが、やはり胸を見られるのは恥かしい。

「シンちゃんのおっぱいこんにちわぁ。 ……うふふ、ほらっ、ぷるんぷるん♪」

お気に入りの玩具で遊ぶ幼児のような純真さで、シンジの胸を弄ぶ。
やさしく触り、やさしく揺らす。

「も、もうやめて……、ホントに。……こんなの恥かしすぎるよ」
「だってどうせ怒られるんならシンちゃんにしたいこと一杯しとかなくちゃ損でしょ? だからまだまだしちゃうよぉぉぉ♪」
「怒らないっ、怒らないから! だからもうやめて! お願い!」
「……本当に?」

試すような口調で聞いてくる。胸を一揉みするのも忘れない。
むしろ一字を述べるたびに一揉みして弄んでいる。

「んっ、……ほ、本当だから! だからもうそんなに胸を触らないで……ひっ!」

胸の先端をキュ!とされ、声が漏れる。

「ぜ、絶対に怒らない。それに早くご飯を食べよう? じゃないと冷めちゃうからっ」
「止めた途端にガツーンとかない?」
「うんうんっ! ないっ!」
「………………むぐぅー! わかった! じゃあ今日はここまでにする!」

ついにシンジの懇願が実り、ユイが離れた。

「じゃあご飯食べましょ、シンちゃん」

切り替えが早すぎる態度でスタスタと夕飯の並んだテーブルに向かうユイ。
その姿を恨めしそうな目で見つめるが、下手に何かをぼやけばまた襲ってくるかもしれないので我慢する。
抜かれたブラを着け、ブラウスのボタンをしめる作業に取り掛かる。

「……シンジ」

だが突然、先ほどからその存在を全く感じさせなかったゲンドウがシンジの前に立つ。

「あっ、父さん」

あまりに存在を感じさせなかったのでシンジもすっかり忘れていた。

「も、もしかして……、見た?」
「ああ。……脳に焼き付けた」
「…………(真っ赤)」

みるみる頬が染まり、耳も、首筋も赤くなった。
性に無防備なシンジ。だが近親者なのに性的な視線を良くぶつけてくるゲンドウには少し警戒があった。
警戒というよりも自身では分かっていないが男として意識している部分があるのだ。
だからゲンドウに胸を見られることが、誰に見られることよりも一番恥かしい。
そういう設定になっている。

「…………(真っ赤)」

恥かしくて何も言うことが出来ず、ただ無言で俯いている。
赤く染まる頬と肌蹴たブラウスのせいで初めてそういう行為をされようとする美少女。
のような構図になっていて、かなりビンビンになっているゲンドウ。

「…………シンジ」
「……な、なに?(赤)」

まだ視線は上げない。ゲンドウを見ない。斜め下を見ながら応えた。
胸を押さえている腕にさらに力を入れて隠そうとしている。
恥かしさの無意識の表れなのかもしれない。

「私にはさせてくれないのか?」

人差し指でサングラスをクイッと上げながら言う。

「えっ、なにを?」

「ユイがしたような事を私にはさせてくれないのか?」

もう一度、人差し指でサングラスをクイッと上げながら言う。

「えっ!? ……無理に決まってるよ!」

死ぬほど恥かしいからあんなに抵抗したのだ。
それなのにまた同じ事を……。今度はしかもゲンドウ。
ユイも最凶な部分はあるが、なぜかクリーンというか爽やかだ。
だがゲンドウのソレは極悪というかケダモノというか……、存在が卑猥なのだ。(涙)
そんなゲンドウにユイと同じことをされるというのはかなり恥かしい。

「……ダメなのか、シンジ」

サングラスの奥から覗くつぶらな瞳でシンジを見る。

「う、うん……、恥ずかしいから」
「………………そうか、(無理を言って)すまなかったな、シンジ」

ゲンドウは寂しそうにそう言うと、背中を向けた。
このまま富士の樹海に入っていってしまいそうなほどの悲しみを背負った背中だ。

(……父さん)

そういうのにはめっきり弱いシンジ。その寂しそうな後ろ姿を見て胸を痛める。
それにあの雨にぬれた捨て犬のような悲しい目もシンジの胸を揺さぶる。

「ま、待って父さん!」


(ニヤリ)

 


シンジに呼び止められるたゲンドウはあの笑みを顔に貼り付かせる。
振り返るとその笑みは消え、アイフル的なつぶらなそれに戻っている。

「……何だ?」

「あ、あの、……す、少しなら、……い、良いよ?」
顔を真っ赤にして俯きながら恥ずかしそうに呟く。

「そうか、……ありがとう、シンジ」

ゲンドウは淡々と感謝の言葉を述べると、待ちきれないのかすぐにシンジの元へ近づく。

「う、……うぅ」

シンジは恥ずかしさにギュッと目を瞑りながら、ゲンドウが近付いてくる足音を聞いていた。

「手をどけてくれないか、シンジ。それでは触れない」

ソファーの前に膝をつき、シンジの胸と視線を並行させる。
視線の先にはまだシンジの腕があった。

「う、うん……、あんまり、見ないで……ね?」

出来れば目を瞑って欲しかったが、言えなかった。
表面上は冷静でも中身はマグマなゲンドウの状態を感じ取ってしまったのかもしれない。
震える腕をゆっくりと離していく。
圧迫されて強調されていた胸が徐々に元の形に戻る。

「あ、あの……、この状態で、触るっていうのは」

手の平だけを残した状態で聞く。

「……すまなかったな、シンジ」
「あっ、わ、わかったよぉ!」

またあのつぶらな目をサングラスの奥から覗かせて去ろうとするので慌てて前言を撤回する。

「触るの……少しだけだよ?」
「……ああ」

そしてついにシンジの胸が限定解除された。

「……ぅぅ(赤)」

恥かしさだけで声が漏れる。ゲンドウの視線を強く感じる。
そもそもなんでこんなことになっているのだろう?
自分はただ夕食の支度を終らせて二人を待っていただけなのに、いつの間にか二人に胸を触らせる義務みたいなものが発生している。
とても理不尽である。

「んっ、……あっ!」
 
しかしそれでもその理不尽は現実のもの。
まずは外側から包み込むように触られた。
形良く、柔らかいふくらみを味わうような手つきで堪能される。
やさしい円を描くように……。

「ふ……、くぅぅ」

(なんで僕、父さんに胸を触られてるの? 別に父さんが嫌なわけじゃないけど。
それに、この触り方……、なんか。あっ、そんなに優しくされたら……うぁ、そ、そこ……くぅぅ)

包み込みむ手、そして時よりいたずらの様に突起をはじいてくる。
目の前のゲンドウに声を聞かれまいと必死で心の中に閉じ込める。

「……柔らかくて気持ちがいいぞ、シンジ」
「……そ、そう(赤)」

そんなことを言われてなんて返せばいいのか。

「も、もう……良いでしょ? 少しだけって約束だし」
「そうだな。……では最後に吸わせてくれ」
「えっ、ええぇ! む、無理!」
「ふっ、問題ない」

すさまじい反抗を予想したゲンドウは先制攻撃とばかりに顔を胸に近づける。
ゲンドウのテクニックに翻弄され、反応速度が鈍っていたシンジはなす術もなくその攻撃を受ける。
あっという間に次のステップへと進んでしまった。

バキゴッ!!

「べほっ!!!」

かのように見えたが、ギリギリの所で、ゲンドウがもの凄い勢いで吹っ飛ぶ。

「あなた、少しは大目に見たけど、あんまりシンちゃんを困らせないでね。(ニッコリ)」

いつの間にか目の前に立っていたユイがケン〇ロウの様に指を鳴らしている。
どうやらゲンドウがシンジと接触する寸前に、得意の裏拳をゲンドウのテンプルにまたと無いほどの威力でヒットさせたらしい。

「ほらシンちゃん、早くご飯食べましょ」

ユイはそう言うと微笑みながらシンジに手を差し延べる。

「……う、うん。(汗)」

「あなたも早く来て下さいね」

部屋の隅で耳から血を流して倒れているゲンドウにも声を掛ける。

「…………あ、ああ」

かなりの時間差があってようやくゲンドウは返事をした。そして起き上がろうとする。
だがユイの必殺技をまともに喰らっては流石のゲンドウでも相当のダメージだったらしく、両足が生まれたての子鹿の様にプルプルとして安定しない。
思わず応援したくなるほどに必死に立ち上がろうとしているが、それが叶わずにいる。
ユイはそんなゲンドウに見向きもせずにテーブルの方へ歩いていく。

そしてすぐに楽しい楽しい晩餐が始まり、碇家の夜は更けていったのである。
日常はこうして繰り返されるのであった。




 



 




 

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