アキトが逆行して女の子になって……
後編
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
連合宇宙軍極東方面艦隊が駐留するサセボ港の近く、
とある場所にあるチャーハンとラーメンの美味しい店、雪谷食堂。
その食堂の一角、厨房の片隅で青年の悲痛な叫びが発生した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」
荒く息を吐きながらその場に膝をつく青年。名は天河アキト。
約一年前に火星から地球に移り住み、現在は雪谷食堂で見習いのコックとして働いていた。
俗に言うところのセレナイトの過去の姿。アニメの第一話のときの、……である。
彼の絶叫の原因はもちろん木星蜥蜴にある。
過去の経験によりトラウマを抱えてしまっているのだ。
連合軍が駐留しているおかげで木星蜥蜴の襲撃は日常茶飯事であり、
それと比例するようにアキトの奇行も日常茶飯事。ある意味店の見せ物になっているような、ないような、そんな感じであった。
「もう戦闘は落ち着いた。さっさと仕事に戻れ!」
店のオーナーである雪谷サイゾウは、いまだ小鹿のように震えているアキトに声をかける。
「は……はい」
「ほら、客が来たぞ! いらっしゃい!」
サイゾウが目を向けた先には暖簾をくぐる少女二人の姿が……。
一人は年のころ十五,六の少女。煌く様な銀の髪と瞳、女神と天使を四で掛けたような壮絶に綺麗な容姿をしている。
銀の髪や瞳と相反する黒いスーツを着こなしているのが印象的だ。
もう一人は白桃色の髪に金色の瞳をした五,六歳の少女。
あどけなさと可愛らしさが同居するが、ちょっと命ある者としての躍動感が希薄でお人形さんのようである。
いずれにせよ二人とも容姿、雰囲気ともにかなり非現実的で、どこかの妖精の世界から来ましたと言われても納得しそうである。
アキトの奇行を面白がって見ていた客が一斉に彼に興味を無くし、少女二人に俄然興味を示した。
「あ、い、いらっしゃい」
木星蜥蜴ショックとかそんなことは目の前の少女を見ることで意識の片隅のゴミ箱に捨てられてしまった。
ゆっくりと席に着いた二人のテーブルに水の入ったコップを置くアキト。緊張で手が震えている。
「ラピス、なにが食べたい?」
「……福神漬け」
「もっと他にあるだろ。でも確かここってチャーハンに福神漬け入っていたかな」
「あ、は、はい! ……入ってます!」
銀髪美少女に問いかけられたアキトは、頭の中をしどろもどろにしながら答えた。
「じゃあラピス、チャーハンにする」
「そうか、じゃあ私は塩ラーメンを」
二人の注文を聞き届け、サイゾウは鬼神の如く調理を開始する。
中華鍋の中の具材が何度も宙を舞う。炎の料理人という表現がぴったりの光景。
あっという間にチャーハンが、塩ラーメンが完成した。
「ラピス、美味いか?」
「(モグモグコクコク)」
口の中をチャーハンで一杯にしながら頷くラピス。
「そうか。やっぱりサイゾウさんのチャーハンは最高だからな」
セレナイトは微笑ましいラピスの姿に優しい眼差しを向ける。
年齢差や容姿から考えて姉妹のようだが、その微笑みは父親と娘のような関係性さえ匂わすような雰囲気があった。
周囲の人間は彼女に魅入られ鼓動のリズムを乱し、息を呑んだ。
「それにしても、私って言うのはなんだか違和感があるな」
先日エリナに矯正させられた。
むず痒いような違和感があるが、かなりの我侭を通して貰っているのだからそれぐらいの妥協は仕方がない。
小さな独り言を終え、周囲の注目を気にすることなくセレナイトはラーメンを啜った。
非現実的な美少女にラーメンはアンバランスな感じだった。
「…………」
少女は麺を啜った後、しばしの間動きを止める。
サイゾウやアキトはそれを見て、緊張していた。
もしかして……口に合わない?
それを如実に表しているのか、少女の瞳から涙が零れ落ちてきた。
な、泣いている!?
泣くほどまずかったのか!?
「じょ、嬢ちゃんどうした!? ラーメンがまずかったのか!?」
サイゾウが慌てて駆け寄る。
「あ、いや。……久しぶりに、こんな美味しいラーメンを食べられて、懐かしくてつい」
セレナイトはサイゾウの心を掴んだ。
■ ■ ■
「突然だが、君に話がある」
サイゾウのラーメンを、成分のその一つ一つを味わうかのようにゆっくり食べていったセレナイト。(後半麺が伸びました)
ラピスもようやく食べ終えて一段落着いたので会計を済ませた。
それを終えると唐突にアキトに話しかける。
見た感じアキトの方が年上っぽいのだが、そんなこと全く気にせず上から目線で尋ねる。
「あ、は、はい!」
もう会えなくなるかもしれないという寂しさに襲われていたアキトは不意打ちに大層驚く。
「私は、こういうものだ」
そういって黒いスーツの懐から名刺を差し出す少女。
「ネルガル、警備部?」
「そうだ。……単刀直入に言わせてもらう。私は君をスカウトしにきた」
「は? スカウト? ……オレを?」
「ああ。君を私の部下としてスカウトしたい。数日後、サセボ港でネルガルのある戦艦が出港する。
私はその戦艦に乗ることになっている。そこに是非君にも来て貰って手伝いをしてほしい」
「え、いや……でも俺、料理作るぐらいしかできないし……。それに戦艦は」
木星蜥蜴アレルギーのようなものなのだ。戦艦なんて木星蜥蜴に会う為に乗るようなもの。
動物アレルギーの人間が動物を飼うようなもの。
「もちろん給料は弾む。それにコックとして働いて貰う予定だ。片手間に私の手伝いをしてもらう」
あえてパイロットとは言わない鬼畜なセレナイト。
「で、でもなんでオレを? コックなんてどこにでもいるし、わざわざ見習いのオレをスカウトする意味が」
確かにいきなり現れた美少女に君が必要だと言われてもわけが分からない。
アニメの主人公じゃあるまいし。(まさにそれだよ)
コックとしての能力だって超一流というわけではない。
警備部という肩書きからこの少女がそういった方面に強いことはわかるが、だからといって自分もそうかというと、
どこかのトンチ小僧さんのように喧嘩はからっきしの三級品である。
自分が認められる意味が分からない。
「それは私が君の才能を見抜いたから。君ならあそこできっと良いコックになれる。
そして必ず私の片腕として役に立つ。それを確信しているから君をスカウトしているんだ。
例え何度断られても諦めないつもりだから」
背は自分より低いが、その見上げるような視線は非常に真摯で自分を圧倒していた。
傍らに居る白桃髪の女の子も心なしか真摯な表情になっている。
「どうか私の部下になって欲しい」
まるでプロポーズのような光景である。しかも相手は神懸り的に可愛い女の子。
自分の才能を認めてくれる彼女の部下になる。苦しくも充実した日々の中で育まれる信頼がやがて愛情へと変わり二人は……。
「で、でもそんな急に、ここを辞めるわけには」
木星蜥蜴が来ればすぐに使い物にならなくなる自分を今まで使ってくれたサイゾウに対する恩義もある。
スカウトされたから、はい、辞めます。じゃあ人間として最低だ。
「いいじゃねぇか。どうせ今日、お前をクビにしようと思ってたところだ。
その嬢ちゃんにどこへなりとも連れて行ってもらえ!」
「え、そ、そんな……」
「うるさい! そんな情けない声を出すな! お前はこのままここにいたって何も変わらねぇ。
嬢ちゃんに鍛えなおして貰って来い!」
サイゾウなりの愛情である。
「……わ、わかりました! やります! 天河アキト! 今から貴方の部下になります!」
「そうか、ありがとう」
良かった。これでオレの計画の第一段階は完了した。
安堵の為からか、昔の自分の決意を嬉しく思ったのか、温かい微笑をアキトに向けるセレナイト。
「い……いえ」
多少、いやかなり不純な動機が含まれているが、天河アキト十八歳はセレナイトのスカウトを受け入れた。
いま現在、出会っていないので当たり前とはいえアキトの心にユリカはいない。
圧倒的にセレナイトのことで一杯になっていた。
「では明日また来る。それまでに荷物をまとめておくように」
「は、はい、よろしくお願いします!」
■ ■ ■
「アキトどうだった? ……昔のアキトは」
「若かったよ。色んな意味で」
昔の自分との対面。
過去の自分を思って懐かしむのではなく実際に会って話をして肌で感じる。
それは何ともいえない、懐かしいような恥ずかしいような出来事だった。
少しだけ緊張してしまったのも事実であった。
本当は店に入ってすぐに話しかけるつもりだったが、タイミングを逸してしまった。
「ラピスが知ってるアキトとは全然違った」
「ははははは、確かに全然違うな」
若くて青臭い青年。かたや復讐の念に駆られ死神になった男。
同じ人間の過去と未来とはいえあまりに違いすぎる。
第一いまは容姿や性別まで違うのだからその違いは地球と木星ぐらいあるだろう。
「今のアキトも好きだけど、あっちのアキトもなんか優しそう」
「あの頃は、何をするか、自分はどうすればいいのか、そういった事では余裕はなかったけど。
それでも人に対する優しさは持っていたと思う。だからラピスにも必ず優しくしてくれる。仲良くしてくれよ?」
「うん、それは良いけど。でもやっぱりラピスの一番はアキトだから」
そう言ってセレナイトの腰にしがみつくラピス。
「ありがとうラピス。嬉しいよ」
しがみつくラピスを抱きしめて持ち上げる。
「今日は良い天気だから、ナデシコまで景色を見ながら歩いて帰るか?」
使いの車が目の前にやってきているがセレナイトはそういってラピスを窺う。
「うん。そういうの初めてだからやってみたい」
ラピスは一も二もなく頷いた。
「じゃあ、ゆっくり歩いて行こうな」
■ ■ ■
「おや、セレナイトさん、ラピスさん、いまご到着ですか?」
ナデシコの通路でバッタリ会ったのはプロスペクター氏である。
すでに先日対面を果たしているのでそれなりの知り合いだ。
気さくに声を掛けられた。
「はい、ちょっとパイロット兼コックをスカウトしに」
「ほう、 それはそれは。やはりいくらエース級の腕前を持つ貴方がいるとはいえ、お一人では限界がありますからね」
先日のアカツキとの交渉後にセレナイトのパイロットとしてのテストをした。
もちろんセレナイトの中身は黒の王子様であり、数々の修羅場を圧倒的腕前で乗り越えてきた男である。
この時代のエステバリス乗りでセレナイトと互角にやりあえる者などいない。
ましてや勝てるものなど今の世の中にはいないだろう。
「貴方の目に留まった方ならさぞかし素晴らしいパイロットなのでしょう。これでそちらの人員は申し分ないですな」
ちなみに本来ならいたはずのとある山田さんはセレナイトの粋な計らいによりスカウトされていない。
(命拾いしたね、山田さん♪)
「それにコックも兼業出来るとは。これはかなりギャラを弾まなければいけませんな」
「あ、いえ、まだどっちも半人前なので。でも才能はありますのでオレ、あ、私が鍛えます。
それまではあまり戦力として期待しないほうが良いです」
「そうですか。でもまあセレナイトさんが居れば並みのパイロットが百人いるより心強いですから大丈夫ですね」
「恐れ入ります。早い段階で必ず私の背中を預けられるぐらいのパイロットにして見せますので。……必ず」
セレナイトは決意の目で言った。
「お願いしますよ。では私はこれで。まだ物資、人員等の最終確認が残っていますので」
プロスはそう言って軽く会釈をして通り過ぎていく。
「セレナイトさぁ〜〜ん! ……セレナイトさぁ〜〜ん!」
プロスの背中を見送っていたセレナイトの背中に声を送る謎の人物。
「エリちゃん、どうしたんだ?」
振り返る先には、ナデシコクルーの胃袋を預かる食堂で働く女の子の一人、エリの姿があった。
「ああ、酷い! 今日は私たちに中華を教えてくれるって約束してたじゃないですかぁ!」
「あ、そうだった。ごめん、忘れてた」
「もう! みんなも待ってるんですから早く行きましょう!」
「あ、ああ。分かった」
ご立腹気味のような怒涛の勢いに困惑しているセレナイトの腕をちゃっかり両腕で挟みこんで抱きしめるエリ。
初めてナデシコに乗艦した時、懐かしさと共に艦内を散策していたセレナイトは食堂で勝手に料理を作ってしまった。
そこに現れたホウメイガールズ達に捕まり、その容姿と性格、料理の腕前ですっかり気に入られてしまい、
ナデシコに乗艦しては難癖のようなもので連れて行かれてしまっていた。
ホウメイにもすっかり気に入られていて、パイロット兼保安部兼コックのような忙しい状況になってしまっている。
保安部の肩書きはシークレットサービス所属であるために一応入れられているのであって、
普段はそれ関連の仕事をすることはほとんどない。オブザーバー的な役割である。
「その前にラピスが歩きつかれて眠そうだから、寝かしてから行くよ。」
確かにプロスとの会話辺りからさほど存在を感じさせないラピス。
今まで研究所に閉じこもりっぱなしだったのに、いきなりかなりの距離を歩いたり抱っこされたりして疲れたようだ。
透明人間に無理やり瞼を下ろされているかのように、強制的に瞳が閉じられようとしている。
「あ、はい。分かりました。じゃあ私、先に行って待ってますから、絶対に来て下さいよ!?」
「大丈夫。分かってるよ」
「ぜったい……ですよ……」
セレナイトの微笑を受けて首から上を赤く染め上げるエリ。
ホウメイガールズ全員がすでにこの大人の余裕すら感じさせる美少女の微笑みに道を踏み外されていた。
これから来る本当のアキト君が可哀想だ。
■ ■ ■
「あ、ルリちゃん」
「こんにちは、セレナイトさん」
ラピスを自分の部屋に寝かしつけたセレナイト。食堂に向かう途中でルリと出会った。
「今から食事?」
「はい、休憩に入りましたので」
「お疲れさま。じゃあ一緒に行こうか。オレもこれから食堂に用事があるから」
「はい、構いません。それよりも、オレになってますよ。言葉遣い」
「あ、また間違った。やっぱり意識していないと難しいな」
首をかしげながら歩き出す。
「別に無理して直さなくて良いと思いますけど」
それに習ってルリも歩く。
「そうかな? エリナには似合わないからやめろって言われるんだけど」
「その方が、アキ……、セレナイトさんらしいし」
ルリは視線を合わさないままに呟く。
いきなり分かりやすい伏線を提示した。
「そっか、じゃあルリちゃんと一緒のときはそうするかな」
「そうですね」
明らかにセレナイトから目を逸らし会話を続ける。
(まだこの時のルリちゃんは感情が希薄だな。でも少しずつ打ち解けないと……)
コツコツ積み上げてきたルリとの関係を土台作りからやり直さなければいけない難しさを痛感する。
「あ、そうだ。実はこれからエリちゃん達に料理を教えてあげるんだけど、良かったらルリちゃんもどうだい?」
「え? 私がですか?」
ちょっと驚いてしまって足を止める。
「そう、丁寧に教えるから初めてでも大丈夫だよ?」
その言葉に、しばしの間熟考する。
「いえ、いいです。……他の方に迷惑になりますから」
判定はNO。
世知辛い世の中である。
「じゃあ今度二人っきりで教えてあげるよ」
「え?」
「誰も居ないときに二人きりで教えてあげるから。それなら誰にも迷惑にならないだろ?」
「でもそれだとセレナイトさんの迷惑に」
「オレ……、あっ、私は全然構わないし、むしろルリちゃんともっと仲良くなりたいから。……だから一緒にやろう?」
包容力溢れる大人のような優しさを含む美少女の微笑み。
「はい。……それなら」
それは現時点ではリアクションが薄めなルリでさえ、頬を染めてしまうような魅力を秘めていた。
「じゃあ今日は代わりに私が作った特製チャーハンを食べさせて上げるよ」
■ ■ ■
ミュージックスタートォ♪
チャーッチャッチャッチャチャチャ♪♪♪ チャーッチャッチャッチャチャチャ♪♪♪
チャーッチャッチャッチャチャチャ♪♪♪ チャーッチャッチャッチャチャチャ♪♪♪
チャッチャッチャッチャ♪♪♪
「美味しい料理が食べたいね♪」
「一日三食じゃ足りないね♪」
「め、メニューの数だって多すぎて……」
チャチャチャチャ
「食べても食べても飽きない! 足りない♪♪♪」
「た、食べても食べても、飽きない、足りな、い」
「はいカーットカーット!!!」
ミュージックストップ
「セレナイトさんダメじゃないですかぁ! もっとまじめに歌ってくれないと!」
エリが憤慨をを露わにする。
傍らに控える残りの四人も同じくプリプリしている。
「い、いや、でも……なんでこんな、歌を」
まだ恥ずかしさ醒めやらぬのか、身体を小さくしながら呟くセレナイト。
「そ、それにどうして私だけ、この服……」
自身の身体に視線を這わすと、そこには赤い生地が見える。
腰まで大胆にスリットの入ったチャイナ服。それに白いエプロンを巻いた姿。
「だってセレナイトさんは中華担当じゃないですか。ならやっぱりチャイナ服を着ないといけません」
エリがキッパリと断言する。
「でも……」
別に露出すること自体は元々男であるし、肌を見られたからといって困ることはさほどない。
休憩中のクルー達がいやらしい目で見てたりするのがイヤといえばイヤだが、我慢は出来る。
「だけど百歩譲ってこの格好は我慢するとしても、どうして私が歌わないといけないんだ」
「だってセレナイトさんもホウメイガールズの一員ですから! 私達の持ち歌を覚えてもらわないと!」
エリがキッパリと断言する。
「そうだ、そうだ! ……お嬢! もっと可愛くセクシーに歌って踊ってくれぇ!」
ハチマキにセレナイト命と書いて下世話に叫んでいるのはお馴染みのウリバタケさんである。
エステバリスの調整などの打ち合わせなどでセレナイトと対面して、速攻でセレナイトファンクラブを結成した逸材である。
「誰が踊るか! 私はルリちゃんにチャーハンを作らないといけないんだ! 」
チャイナ服を着た超絶美少女が頬を染めながら叫ぶ。
ウリバタケの他にもうじゃうじゃいる野郎どものそういう視線の前で歌や踊りをするなんて恥ずかしすぎる。
それにこれからルリちゃんとの親睦を深めるために特製チャーハンを作ってあげないといけないんだ。
ね? ルリちゃん?
「むみまめんめめまみもまん。(すみません、セレナイトさん)
もぉもうめいまんみううへもまみまみま。(もうホウメイさんに作ってもらいました)
……ごくん、ですから気の済むまで歌い踊って頂いて構いません」
口の中をチャーハンで一杯にしていたルリがセレナイトを斬る。
「そ、そんな……」
恐れおののくような目でルリを見る。
ルリちゃんって、こんなに冷たかっただろうか?
「他に私に……つ、作って欲しいものとかは?なんでも作ってあげるよ!?」
必死になって懇願する。
そうしなければ自分は……。
「もうお腹一杯なのでいりません。どうぞ踊り狂って下さい」
また斬られた。
「さあセレナイトさん! ルリちゃんのお許しも得たことだしもう一回やりましょう!」
「あ……や、でも」
「ミュージックスタァートぉ♪」
「そんなぁ!」
セレナイトの儚い心の叫びは陽気な音楽によって消え去っていく。
そしてホウメイガールズは歌い出しが近づくにつれ、振り付けと共にセレナイトににじり寄って来た。(オレはこんな事をするためにナデシコに乗ったわけじゃなぁぁい!!!)
結局、顔を林檎のように紅潮させながらセレナイトは一曲丸々歌わされた。
■ ■ ■
「あ、あの……どこに向かってるんですか? サセボはあっちの方だと」
後部座席から話しかける天河アキト。
「君の他にも拾っていく人がいるから、そこに向かっている」
運転席のセレナイトが答えた。
助手席にはラピスがひょっこりと鎮座している。
「は、はぁ」
「私達がこれから乗る戦艦、ナデシコの艦長を迎えに行く」
「艦長ですか?」
「そう、確か君の幼馴染のはずだ。ミスマル・ユリカ……。覚えていないか?」
「ミスマル、ユリカ……?」
凄く聞き覚えがあるような、
「ぁぁああああああ! ユリカぁぁ! あのユリカですかぁ!?」
「そう、そのミスマル・ユリカがナデシコの艦長だ」
「な、なんでユリカが戦艦の艦長に!?」
「連合軍士官学校を主席で卒業した才媛で戦略シュミレーションでは無敗記録を持つ天才。
ネルガルがスカウトするのもありえる話だ」
「天才!? ……ユリカが!? ……あの鬱陶しくて邪魔臭くていつもくっついてきて、
暑苦しくてハエのようなユリカが!」
「ユリカをそんな風に言うな」
視線こそ向けないが、セレナイトは押し殺したような声でアキトを圧倒する。
「す、すみません! ……で、でもセレナイトさんは、ユリカのこと……?」
「あ、いや、別にその、これから乗る戦艦の艦長のことをあまり悪く言うのもダメかな? ……なんて」
本当は自分も幼馴染なのだが、今の身体の生い立ちにはユリカは全く関与していないので赤の他人である。
そんな訳だから先ほどの迫力など皆無でしどろもどろさんになるセレナイト。
ちょっとカワイイ。
「よし、着いた。では迎えに行ってくる」
この微妙な空気から逃れるために勢い良く、
海水浴に来た子供のような飛び出しでミスマル邸に向かっていった。
■ ■ ■
ピンポーン♪
『はい、どちら様ですか?』
インターフォン越しに使いの者らしき声がした。
「ネルガルシークレットサービスの者です。ミスマル・ユリカさんを迎えに来ました」
『うぁぁぁ、ジュン君どうしよう。もうお迎えの人来ちゃったよぉ。私のメガネが見つからないのに!
どうしよう! どうしようジュン君! 時間がないよぉ!』
『なに言ってるんだよ、ユリカ! ……君はメガネなんか持ってないじゃないか!』
『あ、そっか。ユリカ、メガネなんて持ってないんだ!!!なぁんだ、慌てて損したよ♪』
『慌てて良いんだよ! 早く部屋においてあるトランクケースを持ってこないと!
ネルガルの人が待ってるんだから!』
インターフォンの向こうで慌しい声が聞こえてくる。
(クククク、相変わらずだな。ユリカ)
慌てている声、のんびりした声。セレナイトの心を締め付ける。
一番大切だった人の声、守れなかった人の声。
セレナイトの鼓動は自然と高まり、瞳が少し潤んでくる。
(お、オレは何をこんな緊張して……。それに涙まで。……ユリカとはもう)
想いを交し合うことはない。
一方通行な想い抱き、全力で守るだけ。
自分が犯した罪を思えばそれは当然のこと。
だからこそまだ罪にまみれていない今のアキトを一人前にする。
それが今の自分の役目であり償いでもある。
守れずに死んだあのユリカへのせめてもの償い。
「すみませぇん遅れましたぁ♪ ……わぁ! 綺麗な人♪」
重たいトランクケースをジュンに持たせて扉を開く。
その先には銀髪で、神秘的な容姿の美少女が待っていた。
「妖精さんのお出迎えですか♪」
ニッコリとのん気に、セレナイトに向かって微笑みかけたユリカ。
(ユリ……、カ)
その天真爛漫な微笑み。
いつも自分に向けてくれていた、もう二度と見られないと思っていたその微笑み。
セレナイトの心は昂ぶり、四散した。
「ユリカぁ!!!」
「え? きゃああ!?」
ぐわばぁぁぁ! っと勢い良く抱きつくセレナイト。
身長が頭一つ分低いためにユリカの鎖骨、胸にかけて顔をうずめる形になる。
ちなみにユリカはなかなかの美巨乳の持ち主だとセレナイトは知っていた。
「ユリカ、もう会えるとは思わなかった。でももう一度会いたかった。
……ユリカ! 守ってやるから! 今度は必ず守ってやるから!
ユリカを守るためならどんな事だってする。オレはいくらでもこの手を汚してみせる! だからユリカ……もう一度、もう一度オレと」
「え、えっと、仲良くしてくれるのは嬉しいんだけど。取りあえず貴方のお名前を教えて♪」
困惑していたユリカだったが、相手の供述が意味不明だったので適当に聞き流す。
そして抱きついてくれたのは好意からだと好意的に解釈した。
「っ!」
暴発してしまった想いはユリカの言葉によって収束した。
それはセレナイトの心を抉っていた。
(そうだ。そうなんだ。当たり前だけど、今のオレは女。天河アキトなんかじゃない。ユリカにとって他人でしかないんだ)
「す、すみません。私はネルガルシークレットサービスに所属しているセレナイトと言います。
ナデシコでは艦載機、エステバリスのパイロットをやります」
さっきの感極まった声とは正反対の昂揚のない声。
「わぁぁ! セレナちゃんって言うんだ」
「せ、セレナイトです」
「じゃあセレナちゃんでしょ♪ 私のことはユリカちゃんって呼んでいいよ♪」
「…………」
やっぱりユリカだなぁ。って思った。
「ねぇねぇジュン君、こんなカワイイパイロットさんがいるんだよ? やったね!」
「あ、うん……そうだね」
なにがやったのかはわからないが流されるままに頷く、アオイ・ジュン。
「ではそろそろ時間なのでサセボドックへ向かいます」
「了解しました! ……ビシっ!」
セレナイトの複雑な内面に気がつかず、のん気に敬礼をするユリカ。
■ ■ ■
こうなると理解していたとはいえ、改めて見せ付けられるとセレナイトの心はまた深く抉れた。
「アキトだぁ! アキトぉぉ!」
後部座席にユリカ一同が乗り込み、アキトとかち合う。
そして微妙な間と「どこかでお会いしませんでしたっけ?」みたいなやり取りをした後にこうなった。
「どうしたのアキト! なんでここにいるの!? ……あ、そっか! アキトもナデシコに乗るの!?」
「く、こら! くっつくな! 狭いんだよ!」
ご主人様に絡みつく犬のようにアキトに接近するユリカ。
「ねぇねぇ! そうなんでしょ!? アキトもナデシコに乗るんでしょ!?」
「く!そうだよ!!!」
「わぁ! やっぱり! ユリカを守ってくれるために乗るんだぁぁ! やっぱりアキトはユリカの王子様!」
「違うよ! オレはコックとして、あとセレナイトさんの助手として乗るんだよ!」
「じゃあパイロットをするってことでしょ? じゃあやっぱりユリカを守ってくれるんだぁ!」
「なんでそうなるんだよ!」
「だってセレナちゃんはパイロットだもん!」
その助手なら当然パイロットということになる。
「え?・・・そ、そうなんですか?」
運転席のセレナに問いかける。
「そうだ。私はパイロットだ。君にはコックだけでなく非常時にはパイロットもして貰う」
「な! ……そんなこと聞いてないです!」
「確かに言ってない」
身も蓋も無い答えだ。
「パイロットなんて俺には無理です。木星蜥蜴が出ただけダメなのに。
それに俺、こんなのつけてるだけで、パイロットなんて」
地球では連合のパイロットなど限られた人物しかやっていないIFS。
だが火星出身の人間には一般的に施されている。火星出身であるアキトはあくまで一般人であってパイロットではない。
「大丈夫。私が一から丁寧に教える」
「無理ですよ! パイロットをやるぐらいなら俺はやめます!」
「ダメだよアキト! アキトはユリカの王子様なんだからぁ」
「うるさい!お前は黙ってろ!」
「ひ、ひどーい! アキトぉ!」
「とにかく、話さなかったのは悪いと思っている。でもこうでもしないと君は引き受けてくれないと思ったんだ。
ただ私は君の才能を見抜いているつもりだ。今はまだ半人前でも私が教えれば連合のエース級以上になれる」
なにせ今の自分がそれ以上なのだから……。
「お、俺が?」
「すごーい! アキトはやっぱり私の王子様!」
「だから私に命を預けて欲しい。そうしてくれるのなら私は君のためになんでも」
「ゆ、ユリカ! あれ!」
セレナイトの言葉を遮ってジュンが叫ぶ。
「あ、あれは木星蜥蜴!?」
アキトも表情を青ざめさせて叫んだ。
「目的はナデシコか。そういえば今日だったのか……。まあ良い。急ごう」
セレナイトは慌てる様子もなく、ただ冷静にそう呟きアクセルを強めに踏んだ。
■ ■ ■
ゴート・ホーリー談 「現在敵の攻撃は我々の頭上に集中している」
フクベ・ジン談 「うーむ。敵の目的はナデシコか?」
ムネタケ・サダアキ談 「そうと解れば反撃よ!」
ゴート・ホーリー談 「だが、どうやって?」
ムネタケ・サダアキ談 「そんなの決まってるでしょ。ナデシコの主砲を上に向けて撃てばいいのよ」
ハルカ・ミナト談 「それって上にいる軍人さんも一緒に焼き払っちゃうってこと?」
キノコ談 「どっ、どうせもう全滅してるわよ」
メグミ・レイナード談 「でもそれって非人道的って言いません?」
「きぃぃ、うるさいわね! それもこれもみんな艦長がいないのが悪いのよ! この非常時に!」
ブリッジのミーティングフロアーの床をゲシゲシ踏みつけながら喚き散らす。
「その艦長が到着しました。」
ルリの平静な声と同時にブリッジのドアが開く。
「遅れてごめんなさい♪ 私が艦長のミスマル・ユリカです♪ ……ぶいっ!」
敵の攻撃でブリッジが揺れているこの緊迫した状況で、休日の朝ぐらいののんびりした雰囲気で登場したナデシコの艦長。
全員(ルリを除いて)が頭を上手く回転させることが出来なかった。
■ ■ ■
「あ、あの本当にこの状態で乗るんですか?」
「ああ、今日は私の操縦を実際に体験して貰うために一緒に乗る」
「で、でもこの状態だと操縦しづらいんじゃあ……」
セレナイトの体温、甘い香りを余すことなく体感しているアキト。
自分の座るシート、若干広げている足の間にお尻を乗せて座っているのだ、……セレナイトが。
「その心配は無用だ。たかがバッタやジョロ程度に堕とされるような未熟な腕ではない」
「そ、そんなに凄いんですか? セレナイトさんは……」
「それはこれからの戦闘を見て君が判断すること」
セレナイトはただ静かにそういうと、エステバリスの足元で慌しく指示を飛ばしているウリバタケを見つめる。
「ウリバタケさん、お願いしていた調整はやってくれましたか」
「おう! バッチリだ! それにしてもあんな敏感な反応調整は始めてだぜ! そこらのパイロットじゃ動かすのだって一苦労だぞ!」
「ウリバタケさんは超一流のメカニックだからナデシコに呼ばれたんでしょう? 私も同じです」
「くぅぅ! 燃えるねぇ! 漢のセリフだぜ!」
拳を握り、唸るように声を漏らすウリバタケ。
セレナイトのそのカリスマのような心意気にやられた。
「そ、それよりも俺も今度メカニックとしてエステバリスの中の動きっていうのを見てみたいんだが、一緒に乗らせてくれよ!」
アキトとセレナイトの素敵な超密着状態を羨ましそうに見つめながらウリバタケが言った。
「ああ! チーフずるい! 俺だってセレナイト嬢と一緒に乗りたいです」
「俺も!」「俺も!」
「うるさい! お前らは良いんだ! 嬢ちゃんのエステは俺が専属で改造・整備するんだよ! だから俺だけで良いんだ!」
下心溢れる言い争いが始まった。
一応いまは木星蜥蜴の襲撃にあっていて多少ならずともピンチなのだが、ここにそれに対しての緊迫感はない。
「セレナイトさん、艦長から作戦の説明がありますので通信を繋ぎます」
「了解」
ルリの顔が映し出され、続いてユリカの顔に変わる。
「アキトぉ! あ、セレナちゃん! アキトは!?」
「一緒に乗ってる」
ウインドウが拡大される。
セレナイトの顔しか映っていなかったのが、その背景まで映し出された。
「わぁお!……だいた〜〜ん」
ミナトが茶化すように言った。
拡大された背景にはアキトが映っていた。セレナイトを背後から抱きしめるような形で。
「ちょ、ちょっとセレナちゃん、なにをしてるの!? ……アキトは私の王子様なんだよ!」
大事な王子様といちゃいちゃしているような状態にご立腹するユリカ。
「あ、いや、これは彼に実戦を体感させようとしているだけであって、やましい気持ちは」
ユリカに想われるのは諦めているが、嫌われるのはイヤだ。
思わず焦りのような言葉が口からでる。
「そっか! なら仕方ないね」
セレナイトの必死の言い訳に納得したご様子。
「そんなどうでもいい事より早く作戦を伝えなさい!」
エリンギが喚いた。
「あ、そうだった。セレナちゃん、アキト。今から二人にはナデシコが海底ゲートを抜けて敵後背を突き、
グラビティーブラストを発射するまでの十二分間、囮になってもらいます。宜しいですか?」
「了解」
「ナデシコ浮上後、こちらの指示のもと、グラビティーブラストの射程圏外へ離脱してください」
「了解。ではエステバリス出撃する。」
「セレナイトさん、地上のデータを送ります。敵はバッタが二百三十、ジョロが百二十です」
「そうか、ありがとうルリちゃん」
「いえ。これぐらいの相手、セレナイトさんには楽勝でしょうけど」
「ああ、そうだな。……それよりもラピスはちゃんとやっているかな?」
「お姉ちゃん、ラピスは大丈夫」
さすがにアキトと言わせるのはまずいのでお姉ちゃんと呼ばせることにしている。
一応姉妹ということになっているのだ二人の関係は。
「ラピスさんはちゃんとやっていますよ。まるで以前戦艦一隻を動かしていたかのように」
「そ、そうか……。さ、さすが私の妹だな。あ、そろそろ射出されるから、コミュニケ切るよ」
「わかりました。(ニヤリ)」
「…………」
(なんなんだ、あの笑みは……(汗))
■ ■ ■
「ほほう、かなりやるのぉ」
「あれ程の腕前……軍にだってそうはいない」
フクベとゴートが舌を巻くように呟く。
射出された瞬間に両手に持っていたラピッドライフルを全方位に向けて撃つ。
元々数が多かったのと的確な射撃により近辺に居たジョロ・バッタは爆散する。
この襲撃を予想していたかのように空戦フレームに換装していたため機動力は抜群だ。
(やはりこの身体は凄い。自分の身体が……、感覚が……、エステバリスの身体にすり替わったような感じになる)
顔に手にナノマシーンの紋様を光らせているセレナイト。
その光に共鳴するかのようにバッタやジョロが光り、次々と爆散していく。
「く! うわぁ!」
グルグルと世界が回る感覚にアキトが悲鳴を上げる。
外を見ることは見ているが早すぎて何が起きているのかわけが分からない。
「すまないがベルトを二人で使って隙間が出来てしまうようなので、身体をしっかり掴んでいてくれ」
「は! はい!」
セレナイトとアキトの間の微妙な空間がエステバリスの動きによってお互いの体勢を不安定にしていた。
それを克服するためにセレナイトはアキトに自分を抱きしめるようお願いした。
もちろん含むところなどなにもなかったのだが。
「ぁん!」
アキトがセレナイトの言葉通り抱きしめた瞬間、
ピンク色の衝撃が背中を駆け抜け、思わず甘い声を漏らしてしまうセレナイト。
なんとアキトは無意識のうちに左手を腰に回し、右手で胸を揉んでしまったのだ!
「す、すいません! すいません! すいません!」
内臓が絞り出るような必死さで謝るアキト。
「い、いや、構わない。……その方が体勢も安定するから」
心は男なのにあんな生娘のような可愛らしい声を出してしまって死ぬほど恥ずかしいセレナイト。
触られたこと自体はそれほど気にしていない。
(な、なんでこんな感覚が鋭いんだ!? たかが胸を触られただけなのに)
愛玩用だからです。(笑)
(す、すごく柔らかくて弾力があって……。これがセレナイトさんの胸)
許可が出たので胸に手を当てた状態を維持するアキト。
手に広がる至福の感触。セレナイトの甘い香りと体温が更にアキトを昂ぶらせる。
モニュン!
「くぅぅん!」
ビクン!と背中を仰け反らせるセレナイト。
どうやらセレナイトの甘い香りにやられて無意識の内に手が動いてしまったらしい。
本能がセレナイトの胸の感触を欲したのだ。
「あ! ごめんなさい! わざとじゃないんです! 振動で勝手に!」
「か、構わない。これからは出来るだけ、気をつけて……くれ」
また変な声を出しちゃった。
その恥ずかしさでアキトに対しての怒りなどこれっぽっちも湧き出ない。
「そ、それよりも、戦闘に集中するんだ。……君も私に教わればこれぐらいのレベルにはなれるんだから」
「お、オレにこんな凄い操縦が!?」
まるで全身に目がついていて未来を少しだけ見れるスタンド能力を持っているかのように、
当たり前のようにバッタ・ジョロを倒していく。
ナデシコのクルーも、そしてアキトもその演舞の如き華麗な操縦技術に見とれていた。
モニュン!
そうやって意識が戦闘に向いてしまうと懲りずにムクムクと表れるのが無意識である。
アキトの手が自然とセレナイトの胸を揉む。しかも今度は円運動も加わっているし、左手は強く腰を抱きしめた。
「ふぁぁぁぁ!」
セレナイトは悔しながらも、またカワイイ声を出してしまう。
「ひぃ! ……これは、あ、あの!」
流石に仏の顔もなんとやらであろう。アキトは悲鳴じみた声をあげた。
「いや、気に……っ!?」
言葉を続けることが出来なかった。
お尻に突き刺さる硬い棒のような感触に気づいたセレナイトは言葉を失った。
(ま、まあ、仕方ない……。今のオレは女だ。客観的に見ても綺麗だと思う。……認めよう。
そしてこの時のオレなんて女への免疫はゼロだ。こういう反応も仕方ない)
必死に良心的解釈に持ち込む。
本人は気がついていないが、振動のたびにお尻に当てられるうまい棒に意識を奪われている。
男にそういう目で見られること自体好きではないが我慢できる。
しかし実際に男に何かをされるなんて死んでもいやだ。
たとえそれが自分自身であっても。
「セレナイトさん!」
「え!? ……きゃあ!」
突然アキトが更に強く迫ってきた。
しこたま慌てるセレナイト。プチパニックだ。
本来ならありえない女の子らしい「きゃあ!」が出てしまっている事からもセレナイトの驚きようを推測するのは容易い。
「や、やめ! オレは入れる方は慣れてるけど! 入れられるのはまだ心の準備が!」
「前です! 前!」
「た、確かに後ろよりは前の方が良いけど! でも!」
「なに言ってるんですか! 敵です! 敵が!」
「っ!? ……くぅ!」
何とか回避する。
しかしバランスを崩して海上に落下中……。
堕ちていくエステバリスとは反対にバッタ・ジョロの背後で海が盛り上がっていた。
「ナデシコ浮上しました。敵、残存機すべて射程範囲内にいます。……セレナイト機、射程内から離脱」
「グラビティーブラスト発射!!! ……ぅてぇ!!!」
ユリカの合図と同時にナデシコからグラビティブラストが放たれ、敵兵器が光の中に消えていく。
「はぁ、はぁ、はぁ……すまない。みっともない所を見せてしまって」
「い、いえ。オレがその、変なことをしなければ」
「いや、君のせいじゃない。私が……悪いんだ」
抱きしめるように指示したのは自分だし、感じすぎたのも自分だ。
「と、とにかく君も訓練次第でこれぐらいのレベルに到達できる。だからどうかパイロットになってくれないか?」
「ほんとうにオレなんかが出来るんでしょうか?」
「大丈夫。それは保証する。必ず私ぐらいのレベルにしてみせる」
「ま、またこうやって一緒に乗ったりとかするんですか?」
「あ、ああ。やはり高いレベルの操縦を体感するのは、
感覚、技術を格段に高めやすくなる。可能な限り経験して欲しい」
「わかりました! オレやります! タンデム訓練を!」
またこんな美味しい思いが出来るのならやってやるさ!
「いやそれが中心ではなくて、あくまでそれは訓練の一環だ」
あからさまに自分とのタンデムがやる気を引き出していることがわかる態度。
パイロットとして鍛えるための良い餌にはなるのだが、そのために犠牲にするものは少なくない。
(まあ、仕方ないか……)
未だに自分を抱きしめ、胸を触っているアキトを注意するかしないか迷ったが、
男としてそれを怒るのも恥ずかしいし、所詮は自分自身でもあるので、これから厳しく扱く前のサービスとして黙認した。
■ ■ ■
「お疲れ様でした、セレナイトさん」
艦内に誘導されていくエステバリスの中でコミュニケが開く。
そこにはルリの顔が。
「ありがとう、ルリちゃん。最後にちょっと変な所を見せちゃったけど」
「いえ、その事なら大丈夫ですよ。皆さん、何故そうなったのか理由を知っていますから」
「え? ……それってどうゆう」
「セレナイトさんの技術を披露するためにコクピット内の映像を艦内で流しました」
「なっ!」
それはまさか、あの時の恥ずかしい状態、声を聞かれたと言うこと……?
唖然としているセレナイトをよそにエステバリスは格納庫へ到着し、コクピットが開かれる。
「さぁお嬢! 次はオレを乗せてくれ!」
「オレですよ!」「いや俺だ!」「俺だよ!」
ウリバタケを初めとしたメカニック達が鼻息荒くセレナイトを見上げる。
「ぁ……ぁ……ぁぁ」
元が白いので首元まで真っ赤に染まっているのが分かる。
自分のあんな声をナデシコクルー全員に聞かれた。
コクピットから降りる足が恥ずかしさで震える。
(な、なんで、こんな……。ルリちゃん、いったいどうしたって言うんだ?
……こんな事する子じゃなかったのに)
まるで自分を辱めるような、お仕置きするような仕打ちをさり気なくしてくるルリ。
一体彼女に何が起こったというのだろうか?
……皆さんには想像つくよね?
「セレナイトさぁん! カッコよかったですよぉ!」
「ホント! 厨房で料理を作るセレナイトさんもカッコいいけど、
パイロットのセレナイトさんはもっとカッコいいです!」
ホウメイガールズがワイワイとセレナイトに詰め寄る。
「それにあんなに凛々しいのに、カワイイ声とか出したりして……ふふふふふ」
「そ、それは……ぁ」
囲まれているために目を逸らせずに俯きがちになる。
「あー、照れてる照れてる! セレナイトさん可愛い!」
ホウメイガールズの斬りこみ隊長エリがセレナイトの照れた表情に萌えて抱きつく。
「あぁ、エリずるーい! 私も!」
「私も!」「私も!」「私も!」「俺も! ごべら!」
残りのホウメイガールズもセレナイトに抱きつこうとする。
そしてウリバタケもそれに乗じようとしたが、彼女達の凄まじい拳によって弾き飛ばされた。
「アキトぉ! アキトぉ!」
セレナイトが囲まれている中、整備連中に親の敵のように憎しみの篭った目を向けられていたアキト。
そこに一直線に走りよってくる人物、艦長のミスマル・ユリカ。
助け舟になると思い安堵のため息を吐く。
「ユリカ……」
「アキト! 浮気したらダメぇぇ!」
「な! なにぃ!?」
助け舟ではなく実は海賊でした。
「アキトは私の王子様なの! それなのにセレナちゃんにあんなことして!」
ナデシコクルー全員が証人である。
セレナイトの胸を揉み、腰を抱き、恥辱の声を漏らさせた一連の出来事をクルー全員が知っていた。
「あ、あれは事故だよ! それに俺はお前の王子様なんかじゃねぇ!」
「男の子だからたまに間違いもあると思う。だから今回の件は許してあげます」
「人の話を聞けぇ!」
「セレナちゃん!」
「は、はい!」
ビクンと背筋を震わせて恐る恐るユリカの方を向くセレナ。
「セレナちゃん! アキトは私の王子様なんだから! いくらカッコ良くたってとったらダメだよ!?」
「べ、べつに私は、そんなつもりじゃ……」
「アキトだって男の子だから今日みたいに間違いを起してしまう時だってあると思うの」
「あ、あれは別に、事故というか……」
「いいえ! あれはアキトが故意にやりました!」
…………。
「お、おい! お前なにそんな出鱈目言ってんだよ!」
もちろんそれに慌てるのはアキトである。
変な出鱈目を吹聴されては堪らない。
「とにかく! 今度から二人乗りは禁止です! そうしないとセレナちゃんとは絶交だよ!?」
「そ、そんな……」
セレナにとってユリカに嫌われることは相当辛い。
(ユリカの為に。ユリカの幸せの為に頑張ってるのに。……どうしてこんな事になるんだぁぁ!)
さめざめと涙を流しながら、セレナイトはユリカのお小言を受け続けた。
「ふふふふ、アキトさん。……まだまだ苛めちゃいますよ?(ニヤリ)」
格納庫の様子をコミュニケで覗いていたルリ。
誰にも聴こえない声でそう呟くと、ひっそりと邪悪に微笑んだ。
まだまだ旅は始まったばかりである。