おまけ一




「そう、そこをそうやって……」
「こ、こうですか?」

囁くようなセレナイトの声、そして掠れたアキトの声。

「そうだ……、ん、その調子……ぁあ!」
「す、すいません!」

「いや、初めてはそんなものだ。弱点を見つけたら冷静且つ的確に。焦りは絶対に禁物」
「は、はい! わかりました!……あ、あの! もう一度ヤらせて下さい!」
「もちろん。何度でも相手をしてやる。次はもっと攻めてくるといい」
「は、 はい!」

アキトはセレナイトの承諾に嬉しそうに頷くと、彼女を静かに抱きしめた。
……はずも無く普通にシュミレーターを再起動させた。

二人はなんとエステバリスの操縦訓練をしていたのだ!
(誤解してズボンを降ろした人ごめんね♪)

ユリカからタンデム訓練の禁止を言い渡されてからはひたすらこれである。
だがセレナイト自身が元は天河アキトであり、教えている対象が過去の自分であるため、操縦技術を教えるのは簡単だった。
彼の癖や陥りやすい操縦パターンは全て把握しているし、どういった教え方が効果的なのかも分かる。

セレナイトの予定通り、アキトの成長はまさに乳幼児の如き速さであった。(なんか凄いようで凄くないような)

(この調子なら火星到着時にこの時期のリョーコちゃんレベルにはなるんじゃないかな)

全くのずぶの素人が、性格はアレだが腕は一流がモットーのナデシコでパイロットをする(予定の)リョーコと同レベルに。
それがどれだけ凄いことか分かっていただけるであろうか?

(ただ操縦技術も必要だが、体術も教えないと。アイツが来た時にユリカを守れるだけの実力を……)

考えに浸っていたセレナイトだったが、ある人物の顔を思い出すと沸々と怒りが湧いてきた。
自分から全てを奪った男、北辰。
復讐を果たした今でも思い出すだけで闇の炎が心を焼き尽くす。

何度でも殺してやりたい。目をくりぬき、手足を引きちぎり、内臓を引き出し、ひねり潰す。
ユリカが受けた仕打ちを考えればこれだけでも物足りない。

(あいつをまた殺せる。この手でアイツを……クククク、楽しみだ。)

今のナデシコにいて黒い部分がだいぶ抜けてきたと思われていたが、
そんな簡単には消えなかったらしい。

「あ、あの〜、お、お、オレ……、なにか」

ふと見ると悪魔に魅入られたような顔をしていたセレナイトに完全にガクブルするアキト。
黒の王子の殺気に対する免疫は、今の彼になかった。

「あ、いや、すまない。ちょっと考え事を……続けてくれ」
「は! はい!」

アキトは新米伍長のように頷いて訓練を再開した。

「アキト! アキトぉ!!」

そして中断された。

「なんだよユリカ、今は忙しいんだよ」

折角、セレナイトとの二人だけの時間なのに邪魔者が来てしまった。
そんな嫌そうな顔をするアキト。そしてそれを珍しくも敏感に悟ったのかユリカが頬を膨らませる。

「またそうやってユリカを除け者にする! 最近二人っきりで遊んでばっかりだよぉ!」
「遊んでるんじゃない。訓練してるんだよ」
「私も仲間に入れてよー!!!良いでしょ?セレナちゃん!?」
「なに言ってるんだよ!? お前はエステの操縦なんかしないだろ!」
「するもん! アキトと一緒に乗るんだもん!」

「バカかお前は! お前は艦長だろ!? 第一、今もなんでここに居るんだよ!
艦長なんだからブリッジにいろよな!」

「いっつもいっつもブリッジにいるわけじゃないもん! それに今は休憩時間なの!
折角アキトとお話しようと思ったのにアキトはいつもセレナちゃんと二人でこそこそ遊んでるし! アキトのバカぁ!」

「な、なんだとぉ!」
「まあ二人とも落ち着いて……」

昔、毎日のように繰り返していた光景を、こうして第三者的に見ていて懐かしさを覚えたセレナ。
一応止める素振りを見せるが本意ではないようだ。むしろ苦笑が零れ落ちている。

「取りあえずシュミレーターの訓練はこれぐらいにしよう。アキトもだいぶ上達してきたようだしな。
それで今日は別の訓練をしようと思う」

「別の訓練……、ですか?」
「ええ! セレナちゃんまた二人でそうやって」
「だ、大丈夫だから。ユリカさんも……一緒に」
「ホント!?」

「は、はい。それで構わないか?アキト」
「セレナさんがそういうなら」
「よし、じゃあ早速」




■   ■   ■



「よろしくお願いします! セレナ師匠! ……ビシっ!」

空手着に着替えたユリカが帯を掴んで締め上げた。

「あ、あの〜、何をするんですか?」

同じく着替えたアキトがセレナに聞く。

「エステを操縦する上で身体能力の向上は大切だ。IFSはその名の通りイメージが大切だからな。
身体能力を鍛え、今まで以上の身体の動きを体感すれば、良いイメージを抱きやすい。
よって今から格闘術の習得と近接戦闘への対処方法を教える」

「わぁ面白そう!」

「と言いたい所だが、いきなりそこまでやるつもりはない。まずは基礎的なことをしてもらう」
「基礎的なこと?」

首をかしげるユリカ。
その可愛らしい仕草にセレナイトは萌え、苦笑した。

「そう、格闘においても勿論、エステの操縦にも通じることだが、今日君達には気を感じて貰う」
「気? ……気ってカメハメ波とかそういうの?」

「あそこまではいかないが、身体に流れる気の流れを感じて貰いたい。
それを体感することによって集中力も増す。気の乱れを感じることで自分の精神の乱れ身体の乱れを知覚できる。
知覚できれば気を安定させ冷静な状態を維持できるようになる」

「わぁ、すごーい! でもユリカ、気なんて全然感じないよ? お化けさんにも一度も会ったことないし」
「お前は昔から鈍感だからな」

それよりもその気は微妙に意味が違う。

「そういうアキトはどうなの! 気とか感じるの!?」
「お、オレは……」

お化けにもあったことはないし、身体に流れる気も感じない。
唯一最近はセレナイトの気配に敏感になったくらいで。

「二人とも今は出来なくて当たり前だ。これから出来るようになるから喧嘩はやめなさい」

先生のように諍いをたしなめるセレナ。
二人よりも精神年齢は上だし、辛い経験も一杯した。
辛い事を知っている人は優しくなれるのさ。

「は〜〜い!」
「すみません」

二人は大人しくセレナイトの言うことを聞く。

「では早速始めよう。まずは準備体操から、身体を暖めほぐすのは大切だ」



■   ■   ■



「あいたたた! 痛いよセレナちゃん! ……そんなに押さないで!」
「これぐらいで音を上げるなんてだらしない。……ほら!」
「きゃぁぁ! ……せ、セレナちゃんダメ! ……ほ、ホントにユリカ死んじゃう!」
「ははは、ごめんごめん。今度は優しくするから」
「もう! 絶対だよ!?」

仲の良いお友達同士のようにキャピキャピと柔軟体操をしている二人。
セレナはユリカとこうした時間が持てることが嬉しくて堪らない。
いま彼女に犬の尻尾をつけていたら分度器の両端の幅ぐらいにまで激しく揺れているに違いない。
そんな楽しい時間の中、余りもののアキトはと言うと……。

「いっちに、いっちに、いっちに……」

もちろん一人で柔軟をしていた。

(ちくしょう! セレナさんと二人っきりだったら今頃はああしてセレナさんに)

あの美しくもお茶目な微笑を受けていたのは自分だったはず。

「よぉし! 今度はユリカがセレナちゃんを押す番だからね!」
「ふふ、わかってるよ」
「ぅ〜〜ん、えぃ!」

いきなりトップギアに入れるが如き勢いで押す、えげつないユリカ。
足を開いていたセレナはひとたまりも無い。

「わぁ! すごいセレナちゃん! 身体ぺったり床についちゃった!」

「元々この身体が軟いというのもあるけど、やっぱり日頃の訓練の賜物だよ……。ユリカさんも頑張ればこのくらいに」

激しい悲鳴を想像したユリカに涼しい顔で答えるセレナ。

「む、無理だお!」

冷静さを失ってちょっと違うキャラが降臨する。

「大丈夫、さあ交代して。今度はユリカさんの番」

何食わぬ顔でユリカに反撃する。

「は、早いよ、 まだやったばっかりでしょ? ……あ、そうだ、今度はアキトにやってよ!」
「え!? お、オレ!?」
「ん、まあ構わないけど……。じゃあこっちに来てくれ」
「は、はい!」

やった! これでセレナイトさんとあんなことやこんなことが出来る!
そんなピンク色の妄想がアキトの頭を支配した。

「じゃあそこに座って、足を開いて」
「は! はい!」

アキトはいそいそと座り、足を開く。セレナも同じく座り足を開く。
そしてアキトの足に自分の足をつけ、つっかえ棒のようにした。

「あいたたたた!」

両足をセレナの足で嫌な方向へ開かされる。

「さ、私の手に掴まって」
「は! はい!(赤)」

待ってました! と言わんばかりの元気のいい返事。
股は激痛に苛まれているけどね。

「…………ぅぅ」

恐る恐るセレナの手を握るアキト。
細くヒンヤリとしている白い手。とても心地がいい。
これで自分のアレを握られたら……、とかそんなダメな妄想を抱いてしまう。(溜まり過ぎだろお前)

セレナイトはそんなアキトのやましい邪念に気づかず、握った手を引っ張り

「いたたたたた!」

邪念が一瞬で消えるような激痛をアキトに与える。

「アキトもユリカさん同様硬いな」
「もう! だらしないよ、アキト!」
「お、お前がいうな!」

(この頃のオレは柔軟なんて全くやってなかったから仕方ないか。それに元々硬かったし)

ちょっと足を開かせて手を引っ張るだけで声を上げるアキトを見ながら思う。

「じゃあ今度はアキトが引っ張ってくれ」
「は! はい!」

言われ通りすぐ実行に移す。
セレナはアキトが引っ張れば引っ張るだけ着いてくる。

「ふぇ〜、やっぱりセレナちゃん、すご〜い!」

ユリカはまた感嘆の声を上げた。



「…………ん?」

そうして何度か往復している内に、ある部分でアキトの動作が遅くなることに気がついた。

(ふふ、そういうことか)

セレナの手を引っ張り、アキトの目線に胸元が入る瞬間に動作は遅くなっていた。
二人同様空手着を着用していて下はTシャツとラフな格好だ。
最近やっとブラを上手くつけられるようになった。

セレナがかがんだようになった瞬間に視界に入るブラと胸の谷間に、アキトは心を奪われているんだろう。

(この頃のオレって、こんなにスケベだったかな? それになんか自分に興奮されるというのも不思議なものだ)

元が自分自身だけに特別イヤではなかった。
というかアキトのそんな行為が面白かった。

(ここはちょっと、からかってみるかな?)

セレナにイタズラ心が湧いた。

「アキト」
「は! はいぃ!」

上司からの電話に出たら既に出勤時間を過ぎている事を教えられた。
というぐらいの飛び跳ねる勢いで返事をする。

「な! なんですか!」

もしかしてバレた!? そんなヤバめな顔をしている。

「今から柔軟ゲームをする」
「は? 柔軟ゲーム……、ですか?」
「そう、お前はこの体勢のまま身体を曲げる」
「は、はぁ……」

「そして身体を曲げて届く範囲のものには、何でも触って良いことにする」
「な! そ、それって……」
「察しの通り、届くのなら私の身体の好きな所に触って「ダメー!」」

セレナの言葉を予想通り止める声。

「セレナちゃん! なんてこと言ってるの!?」
「あ……ゆ、ユリカ」

やべ! うっかりしてた!
今度はセレナが先程のアキトのように飛び跳ねるぐらい驚く。
アキトをからかうことに集中する余りユリカのことを考えていなかった。

「アキトは私の王子様なんだよ! どうしてそんなことしようとするの!?」
「こ、これはその、違うんだ! これはアキトの身体を柔らかく……」

かつ股間部分は固く。

「決してそんなやましい気持ちは!」
「だ、だからごめんユリカさん! ……あ、あの……、本当にごめんなさい」

なんか最近こんなオチばかりだ。
セレナは心のなかで悲しそうにそう呟いた。




■   ■   ■




「いいか? 気の流れを感じ、操作するといっても一朝一夕で出来ることじゃない。
才能とやる気があればある程度の短縮は可能だが普通は数ヶ月かかる」

「えぇ! そんなに掛かるのぉ?」
「一般的には。だがある方法を使えば一時的に感じること自体はすぐに出来る」
「え? なになに!? どんな方法!?」

「同調だ」
「同調? ……あの野菜や肉を切り刻む」
「それは包丁」

「学校の一番偉い人」
「それは校長」

「じゃあ「もういいから。とにかく実戦あるのみ。ユリカさん、目を瞑って」

ユリカの軽いボケを軽い突っ込みで流して先へ進む。

「了解しました師匠! ……ビシっ!」
「いや、敬礼はいらないから身体を楽にして目を瞑って……、ああ、そんなに楽にしない!」

ふにゃふにゃんと倒れ込みそうになるユリカを慌てて支える。
手のかかる子供のようで困るような、嬉しいような……。

「目を瞑って深呼吸して。身体の中の血の流れを感じるように」

ユリカの身体を支えながら囁くように言うセレナ。
支えたまま背後から正面に回り、そしておもむろに抱きついた。

「な!」

アキトは目の前のレズっぽい光景に頬を染める。

「セレナちゃんどうしたの?」

急に自分の胸の中に納まるセレナに首をかしげるユリカ。

「これから私が気の流れをユリカさんに同調させるから。
そしてユリカさんが感じられるレベルにまで上げるから、静かに感じるんだ」

そっと腰に手を回し、更に深く抱擁するセレナイト。
それに応えるように、練習熱心な無垢なユリカもセレナの背中に手を回す。

セレナは感激で一瞬身を震わせる。
透き通るような白い肌のお陰で頬が染まっているのが良く分かる。

「「…………」」

「…………」

目の前に広がる真面目なユリ的光景に思わず息を呑むアキト。
無音の耳鳴りが襲うぐらいの静けさの中、ユリカとセレナイトはいま完全に同調していた。

(セレナちゃんの気を感じる……、みゅ〜〜、みゅぅぅ〜〜)
(ユリカの匂い……、ユリカの息遣い……、ユリカの鼓動……)

実際は全く同調していないようだ。
しかもどちらかというと感じさせる側のセレナの方のやる気がない。というかそれどころではない。
ユリカの全てが感じられる恍惚感に心を高ぶらせていた。

ギュゥゥ……

抱きしめる腕の力を強める。
ユリカの温もりと柔らかさを強く感じることが出来た。

(ユリカ……、今度こそ守るから。……絶対に守ってやるから。……この温もりはもう絶対に離さない)

鎖骨辺りに顔を押し付けスリスリする。
腕を更に深く回して強く抱きしめる。

それは最早、気の同調ではなく身体の同調、心の同調を求めるセレナイトの愛撫に他ならなかった。

「ふふふふふ、セレナちゃん、くすぐったいよぉ! こんなんじゃ集中できないよ?」
「あ、ご、ごめん!」

ユリカの事を感じたくてついうっかり……。なんて言ったら引かれること間違いなし。

「別にいいけど。セレナちゃん良い匂いだし、抱きしめたら気持ちいいし……。夜にずっと抱きしめて寝ていたいくらいだよ」
「え? ……わ、私は、それで構わないです……けど……」

ユリカに抱きしめられながら眠るなんて夢のようだ。
思わず恋する少女のような目でユリカを見つめる。

「さ! 早く同調しよう!? 同調!」

だが持ち前の天然を武器に全く話を聞いていない。
流石にもう一度同じ言葉を繰り返すわけにもいかず、セレナは泣く泣く事態を進行させた。

「こ、今度はもっとちゃんとやるからもう一回集中して」
「了解しました師匠! ……ビシっ!」



■   ■   ■



「ど、どうだった? ユリカ」

「凄いよアキト! ……何かね!? 身体の中がほぁぁって暖かくなってね!?
感覚が鋭くなるって言うか、頭がスッキリするっていうか……、セレナちゃんと一つになった感じ」

「そ、そうか、分かるような、分からないような」
「アキトもやってみたら分かるよ」
「そ、そうだな! オレもやってみないとな! 訓練なんだから!」

妙に鼻息荒く宣言するアキト。
頭の中は気を感じることより、セレナイトの色々を感じる気の方が勢いよく駆け巡っている。

「じゃあ次はアキト。こっちに来て」
「は! はい!」

ついにご指名が来た!
緊張を感じさせるが、確かな足取りでセレナイトの元へ向かう。

『艦長、休憩時間は終わりです。至急ブリッジへ来て下さい。プロスさんが呼んでいます』
「はーい、わかりましたー。じゃあねアキト、セレナちゃん!」

気分爽快になったユリカはこれからアキトが浮気するのにもかかわらず颯爽と部屋を出て行く。

「また二人きりになってしまったな」
「そ、そうですね(ぃよっしゃぁぁぁ!!!)」

テンションアップ!

「では始めよう。前を向いて、身体の力を抜いて、深呼吸して」
「はい!(期待大)」

「血液の流れを感じるように、自分の意識を血液に乗せる感じで・・・・・。」
「は、はい!(期待MAX)」

そしてついにセレナイトとアキトの同調が開始された。
まるで恋人同士のように、セレナイトはアキトの背に腕を回して抱きついた。

(ぅぁああ! せ、セレナイトさんの身体が、胸が!? ……そ、それにこの甘い匂い)

「どうしたアキト? 意識が昂ぶっているぞ? それでは同調は出来ない」
「す、すいません!」
「もっと手を回せ。強く抱きしめろ。……そう、そうだ」

ただでさえ密着しているのに更に押し付けられる胸。
胴着越しの胸の弾力が強く強く伝わっていく。

「アキト、まだ意識が昂ぶっている」
「は、はい!」

そんなこといったって今の状態でいる限り精神安定なんて出来るわけがない。

「ふむ、これは時間がかかりそうだ」
「す、すいません」

「いや、初めての時はそんなものだ。私だって最初は何も出来なかった。
五感が失われていた分、第六感が研ぎ澄まされたのか一度覚えると一気に会得することが出来たがな」

「五感を失ったって……、なにも見えないし聞こえなかったということですか?」

初耳なセレナイトの過去に驚き、疑問を口にする。

「ん、ああ、昔の話だ。今はこの通り全てを取り戻したし、ホウメイさんの料理だって美味しく食べられる。
だから今のことは忘れてくれ。余計な気を使わせたくないから他のクルーには内緒に」

「は、はい」
「ありがとう。では訓練を再開しよう。」



■   ■   ■



「ふ〜〜、まだイマイチだな」
「す、すいません……、おれ、ちょっと」

セレナイトの存在が気になって精神集中など全く出来ない。

(やっぱりこの身体は今の俺にとっては刺激が強すぎるか……。同調による知覚が早道なんだけどなぁ)

アキトの集中力散漫の原因など当たり前のように分かっている。

だがこの訓練の重要度は高い。気を感じることは機を感じることに繋がる。
それはエステバリスでの戦闘において攻撃の機会、回避の機会、そういったものを無意識レベルで判断するのに役立つのだ。

(それにしてもこいつ、と言っても昔の俺だが、本当に反応が面白いな。からかい甲斐があるというか)

自分の身体の感触一つ、抱擁一つで挙動不審に目を走らせ、身体をガチガチに緊張させている。
大人の女性が純朴な青年をからかう気持ちがセレナイトにも理解できるほどに面白い。悪戯心が沸々と湧いてしまう。

(ユリカがいたら絶対に出来ないが、幸い今はいない)

それに昔の自分だからこその気安さがあった。
思うがままにからかいたくなってくる。不甲斐ない助平な昔の自分を。

「アキト……」

上目遣いで、それなりに甘い視線をアキトに向ける。

「え? は、はい!」
「そんなに私を抱きしめるのがイヤなのか? 私はそんなに魅力がない?」

悲しみを湛える瞳で言った。
心の中はニンマリとしている。

どういった反応をしてくるか楽しみで仕方がない。

「そんなことありません! セレナイトさんは綺麗だし! 優しいし! 俺の憧れです!」
「だったらもっと深く腰に手を回して欲しい。私はアキトにそうされるのはイヤじゃない」

ナデシコ一の美貌といっていい。何せそれ専用に作られたのだから。
そして内面もまた有能であり、外見に不相応な大人の余裕、優しさを持っている。
クルーの大部分が憧れ、好意を抱いているといっていい。

そんな彼女からの誘いだ。
セレナイトは潤んだ瞳でアキトの胸に頬擦り付けた。
完全に硬直してしまうアキト。

「ふふ……、アキト、好きだ」

内心の悪戯心が溢れてきてしまったらしい。
しどろもどろなアキトの表情に苦笑の声を漏らしながらセレナイトは勝負に出た。
アキトの首筋に軽く口付けをした。

「せ、セレナイトさん!?」

声が裏返っている。抱擁しあいながらの相手からのキス。
しかも相手は想い人であり壮絶な美少女である。動揺しないほうがどうかしている。

「アキト」

口付けを終えたセレナイトはもう一度名を呼ぶ。
そして今度は……

「ククク、この馬鹿! これぐらいの色仕掛けで堕ちそうになるな!」

ペシっ! と頭を叩かれた。

「…………えっ?」

最初から最後まで呆然とさせられる。
ただ目の前のセレナイトを見つめていた。

「全く、私みたいな子どもと抱きしめあったぐらいで緊張してしまうなんて情けないぞ!」
「そ、それはっ」

子どもといっても黄金比と言わんばかりのナイスバディをしているし、容姿も壮絶に美しいのだ。
心を奪われてしまうのも仕方がない。

「今は訓練中だ。そういう感情は捨てろ。私なんかに欲情するな。
どうしても集中出来ないなら、少し休憩をやる。その間にアキト、お前、ちょっと抜いて来い。」

アキト、お前、ちょっと買い物行って来い。
それぐらいの気軽さでそういった。

「……え?」

いきなりのセレナイトの言葉。全く意味がわからない。
主語も抜けてるし……。

「だから自分の部屋に行って自慰をしてこいと言っている」
「爺押して来い? ……お爺さんを押してどうするんですか?」

あまりに突拍子もないことなのと、そんなことを言われると思っていないので、かなり無理な勘違いをするアキト。

「誰がお爺さんを押せって言った。・私はマスターベーションをしてスッキリして帰って来いと言ってるんだ」
「増す田……、べ、書ん…………マスターベーション!?」

どうあがいても言い間違い出来ない言葉でついに理解するアキト。
目の前のこんな可愛い美少女の口からそんな言葉が出るなんて!
しかも俺にヤれだとさ!

「な、な、なななななんで、急にそんなことを!」

「さっきから私の身体が気になって集中出来ないんだろ?
だったらそうならないようにその元凶を取り除くのが最善だ」

「なっ! なっ! なっ!」

「私はお前に早く一人前になってほしいんだ。その為に全力でお前を鍛えようと思っている。
だから出来ればアキトも全力で私の教えを受けてほしい。お前なら絶対に強くなれるから。
雑念が入るならそれを取り払ってくれ。部屋にそういった本が無いならさっきの私の感触を思い出せばいい。
それでも不足というなら、もう少しオカズを提供することも吝かではないが?どうしてもというなら私が手伝ってやる」

また少しからかいの虫が騒ぎ出した。
だが今のアキトを鍛え、ユリカを守れる男にする。それが至上の命題だ。
その妨げになるものは己の全てをもって打倒する。

たとえ元、自分とはいえ男のあれをアレするなんてありえない話だが、
それでアキトを成長させられるなら安いものだ。

からかって反応を見るのも楽しいしね。(本音の一部)

「どうする? 私が手伝ってやるか?」

からかうような、半ば本気のような、そんな悪戯視線でアキトを見つめるセレナイト。

「あ! ぅ……あ……、ua……、uuu!」

アキト、うれし恥ずかしな大ピンチ! 後半は日本語変換すら間に合わない。

『あ〜あ〜〜、テス、テス。只今マイクのテスト中。只今、マイクのテスト中 』

幼馴染のお姉さんのエッチな誘惑に翻弄される健太君(十五歳)なアキトを救う(ある意味邪魔な)プロスを映したコミュニケ。

『コホンッ……。ナデシコの皆さん、こんにちは。 お仕事中申し訳ありませんが、
これより重大発表がありますので一旦お手を止めて注目して下さい』

「じゅ、重大発表って……」

微妙な気まずさを漂わす空気を変えるためかアキトが声を漏らす。

(どうやら火星行きの発表のようだ……。ならムネタケも動くか)

『さて、皆さんは不思議に思いませんでしたか? ナデシコの目的地が未だ明かされず、その目的地を誰1人として知らない事を……。
そう、ナデシコの目的地を今まで明かさなかったのは妨害者の目を欺く必要があったからです。 ネルガルが独自に戦艦を建造した理由、
それはナデシコが我が社のとあるプロジェクトの一端を担う為であり、軍とは以後別行動を取ります!』

『我々の目的地は……。火星だっ!』

前振りをプロスが、そして最後の美味しい所はフクベが言った。
元々いてもいなくても存在感のないフクベの数少ない見せ場だからみんな大目に見ていた。

「か、火星? ……ナデシコは、火星に行くのか……」
「そのようだな」
「知っていたんですか? セレナイトさんはナデシコが火星に行くことを」
「当然だ。私はネルガルの人間だからな。元々がそういう計画だ」


『では、地球が現在抱えている侵略は見過ごすと言うのですかっ!?』

コミュニケの中ではジュンがプロスに対して噛み付いている。

「なにか問題があるのかアキト? 火星は君の出身地、そして木星蜥蜴は火星を奪った敵。
生まれ育った星を取り戻し、敵を打倒する。何も問題はないだろう?」

「俺のこと、調べたんですか?」

「ああ、部下の過去をある程度調査するのは当たり前のことだ。気を悪くしたか?」
「いえ、別にそんなこと無いです」

『副長がそう仰るのもご尤も。 しかし、宇宙連合軍は火星を早々に見捨て、地球のみに防衛戦を敷きました。
一体、火星に残された人々や資源はどうなったのでしょう?』

「ナデシコは火星に残された人々の救助に向かう。その為に私はこのナデシコに乗った」

セレナイトにとっての真の目的はネルガルの思惑とも合致するイネスの救出である。
これからの活動においてイネスの協力が必要不可欠なのは言うまでもないことなのだから。
そして最終目標はもちろんユリカを幸せにすること。

そのために北辰やヤマサキなど火星の後継者の裏の主要メンバーの殺害し、
火星の後継者を生み出すことの無いような状況を作る。

「君にはその手伝いをしてもらいたい。君にとっても胸に秘めた想いを果たすチャンスだと思うし、
その為の力を得ることもできる。絶好の機会だ。何か問題はあるか?」

「……いいえ」

わざわざ異を唱える程の理由がアキトにはなかった。
火星を取り戻す、残された人々を助ける。木星蜥蜴を倒す。
全てが自分にとって望ましいことである。

「その為にも早く君には一人前になってもらわないと。・・・・・わかってくれるな?」
「はい……、おれ、頑張ります」
「よし、じゃあさっきの話に戻そう……。部屋でスッキリしてくるか私が手伝うか、どっちが良い?」

「……え?」

「だからさっきも言った通り、同調に集中するために溜まっているモノを出して貰いたい。
勿論ユリカさんに知られたら私も怒られるし嫌われる。それは困るから内緒にしておくけど」

「ああ、え……ぅ、あ……」

『そこまでよ!』

またアキトのピンチを救うコミュニケからの声。
今度はムネタケだ。

しかし先ほどと違うのはコミュニケの中の雰囲気が剣呑としていること。
ムネタケの周りには武装した集団がいた。

『血迷ったか! ムネタケ!』
『フフフフ、この艦は頂くわ。提督』

「なっ!」
「どうやらムネタケの叛乱のようだな。ナデシコを軍に接収するための」

驚くアキトの横でセレナが呟いた。

「そこの二人! 動くな!」

コミュニケの中でもブリッジが制圧されている。
そしてこのトレーニングルームにも二人の男が侵入してきた。ともに銃を構えてこちらにやってくる。

「せ、セレナイトさん!?」
「落ち着けアキト。黙っていれば何かされるようなことはない」

セレナイトは動じる様子もなく、手を上げて恭順を示す。それに習いアキトも手を上げる。

「それに万が一の時の対処の方法も教えておいてやる。
『気』を使って自身の身体を制し、敵の脅威を制するとはどういうことかをな」

意味深に嗤い、二人の男に対峙するセレナイト。

「よし、両手を頭につけたまま後ろを向け」

セレナイトは言われた通りに後ろを向く。
ここから如何様にも相手を制することが出来るのだ。

サワサワ、ムニュウ……、モミモミ……

「くぅ! な、何を、ぅあ!」

いきなり背後から胸を揉みしだかれた。

「くくく、武器を所持していないか確認させてもらうぜ」

男の一人が言って、セレナイトの胸を胴着越しに鷲掴む。
そして一切の遠慮なく、その柔らかさを堪能する。

明らかに銃の所持確認の有無ではなく、性的な意図がある行為だ。

モミモミ、モミモミ……、

「ひぃぅ、や、やめ……ぁあ!」

いきなりこのような事をされるとは予想していなかった。
元が男であるだけにどこか男に対しての性的な防御に無頓着なのだ。
余裕綽々で男たちを制しようと思っていたのに、あっという間に手玉に取られてしまった。

頬を染め、声を抑えるのだけで精一杯。
ただあふれ出る刺激に耐えるだけ。

男は胴着の中にも手を入れてより強く感触と温もりを感じようとする。

「や、やめろぉ……」

胸元に入れられる相手の腕を掴みながら、弱々しく抵抗する。
それでも胸をまさぐる手は止まらない。

「み、見ないでくれ……、アキト」

情けなく弄ばれる自分の姿が恥ずかしくて、思わす声を漏らす。

「くっ! ……セレナイトさん!」

愛する師匠が陵辱されるのに耐え切れなくなったアキトが男に襲い掛かる。

バキィ!

「うるさい! 黙ってろ!」

だがあえなく撃沈。
別の男に銃の柄で殴られ、地に這う。

「あ、アキト!? ……わ、私の事は気にするな……。今は大人しくしてろ」

胸を揉まれ、時折身体をピクリと反応させながらも気丈に振舞うセレナイト。
ここでアキトを無駄に暴れさせて怪我をさせたり最悪命を失わせていてはユリカに合わす顔も無い。

「せ、セレナイトさん」

不甲斐ない悔しさを表情に出しながらアキトが声を漏らす。
目の前では武器の確認という名目の元、セレナイトへの陵辱が行われている。

「初めて見たときから気に入ってたんだぜアンタのこと。こいつ(アキト)にだって胸をもませてたんだから俺らにも少しぐらいもませろよな。」

「な、何を言って、ぅく! ……ぁん!」
「うほ! ……エロ可愛い声!」

「なっ、くぅぅ!」

そう言われて思わず口を閉ざす。が、更なる刺激でどうしてももれ出てしまう。

(くそ、本当にこの身体はどうなってるんだ!? これ程だとこの先の戦闘に何か影響を及ぼす可能性だって)

アキトとのタンデム操縦の際だって最後の詰めを快感によってしくじった。
今も胸を触られただけで敵を制圧することなく、むしろ身体を制圧されてしまっている。
体術ならこの男達など一ひねりで片付けられる筈なのに、それが出来ない。明らかに由々しき事態である。

(駄目だ、冷静になれ! こんなことで心も身体も乱していたら北辰になんて絶対に勝てない。木連にだって勝つことが!)

目を瞑り、邪念を振り払う。
揉みこまれて発生する胸からの快感をシャットアウトする。

「おい! 俺にも代われよ。俺だってこいつの事狙ってたんだぜ? あのサセボの時の声を聞いたら鳴かせたくて鳴かせたくて仕方なかったしよ!」
「っ!」

あの時の恥ずかしい声が男達の欲望をそそった。
その事実が恥辱となってセレナイトに襲い掛かる。

だがその衝撃すらも、心を律して抑え込まなければ……。


「こうやって服の上から胸を触られただけでこんな声出してんだから、さらに弄ったらもっとすげぇんだろうな。……例えばさ」

男はそう言うと、自己主張をし始めていたセレナイトの胸の突起を摘みあげた。

「くぅぅん!」

それだけで脳に快感の稲妻が駆け巡る。

「い、いい加減に、し……ろぉ!」

背を仰け反らせ、目尻に涙を溜めながら精一杯の抵抗を……。

(駄目だ。……冷静に。……冷静に)

ここで快感に翻弄されて我を忘れるようでは、事態の打開はありえない。

「んっ……、あっ、……っ」

二人の男に身体をまさぐられながら、瞑想するように目を瞑る。
男たちはセレナイトの胸を揉み、尻を触り、髪を撫で、首筋の匂いをかぎ……。

(ダメだダメだダメだダメだ! ……翻弄されるな! 翻弄されるな!)

全方向から身体を弄ばれ、その刺激に心を弄ばれ……。

(これ以上エスカレートしたら、きっと……)

下半身……、大事な部分への凌辱に切り替わるかもしれない。
今もお尻や足を無遠慮に触られている。

(気を強く持って……。気の乱れを整えて……)

身体から生じる快感を、精神から切り離そうと……。

「やっぱこいつの胸、最高だな。髪もすげぇ良い匂いだし」
「ケツも気持ちいいぜ」

「あっ……、やっ……、ん」

(駄目だ! この身体、敏感すぎる!)

とても乱れる心を制御出来そうにない。

(なんとか一瞬でもこの手を止めさせないと!)

そうすれば自身の体術を使って……。

(どんな手を使ってでも……、こいつらの隙を作る!)

セレナイトは意を決した。
そして、

「あっ……、待って」

快感に震える声で二人に声を掛ける。

「ん? なんだ? もっと気持ち良くなりたいってか?」
「それなら今度は身体検査でもするか? ヒヒヒ!」

からかうように言った。

「か、構わない。……好きにしてくれ」

恥ずかしそうにセレナイトが呟く。

「「「…………えっ?」」」

兵士二人とアキトの驚く声。

「もう我慢できない。……お前たちの好きにしてくれ。
それと、出来れば……、お前たちのを、…………な、舐めたい」

潤む瞳で正面の男に言う。

「だから一旦、触るのを……、やめて」

耳まで真っ赤にして呟く。

「一生懸命……、気持ち良くするから」

視線を相手の股間に移す。

「セレナイトさん!」

「「…………」」

予想外の展開。

「お、おう!」
「あ、てめぇ!」

正面の男がズボンのベルトをあわただしく外す。
背後の男が声を荒げ、自分もすぐにズボンのベルトを……。

(今だ!)

二人がこれからの行為に夢を馳せ、自身のズボンに意識を向かわせた瞬間、
セレナイトは動き出した。

「はっ!」

背後の敵に強烈なひじ打ちを喰らわせ、

「げほっ!?」

正面の敵に、その勢いのまま右フックを放つ。

「ごはっ!?」

一瞬で男たちは悶絶し、戦闘不能に陥る。

「はぁはぁはぁ……」

心を整え、快感の余韻を鎮めるセレナイト。

「……セレナイトさん」
「……だ、大丈夫か? アキト。」

男達と同じように、近くで倒れているアキトを起こすセレナイト。

「は、はい……、大丈夫です」
「そうか、良かった」

気まずそうな様子。

「そ、それよりもすいません。俺が不甲斐ないばっかりにセレナイトさんがあんな目に」

拳をギュウ! っと握り締めて悔しさを露にするアキト。

「いや、私のほうこそ体術を教えるはずの立場なのに、あの程度の男達に良い様にされてしまった。
相手の制圧の仕方を教えるなんて言っておきながら本当に情けない。……本当に、恥ずかしい」

穴があったら入りたい気分だ。
出来ればここからすぐにでも逃げ出して、布団にくるまって悶絶したい。

「ど、どうかこれに懲りないで私の訓練を受けてほしい。……お願いだ」

散々師匠気取りでいたのに男二人すら制圧できなかった無様な自分。
それに呆れられて訓練をやめられてはたまらない。先ほどの快感の余韻のためか潤む瞳で懇願するセレナイト。

「本来ならもう少し上手くやれるはずなんだ。……だが急に身体をまさぐられて、その刺激が強すぎて……、こ、こんなこと、言い訳になんかならないが」

あの程度のアクシデントにさえ対応できないなど……。

「お願いだ……、アキト。……私の訓練を」

縋るような必死さで彼を見つめ、

「そ、そんな! ……俺はこれからもセレナイトさんに色々と教えてもらいたいです!
それで俺がセレナイトさんを守ります! 今日みたいなことがあっても絶対に守って見せますから!」

「あ、ありがとう」

これからも訓練を続けてくれることは嬉しいが……。

「別に私を守る必要はないんだが……」

それよりもユリカのことを全力で守ってくれるほうが嬉しいかな? ……なんて。

「いえ! セレナイトさんを守れる一人前の男になります!」
「……そ、そうか」

なんか微妙に予定と違う。
アキトの燃えるような熱血瞳を見てタラリと汗を流すセレナイトであった。





 



 




 

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