おまけ三





「あなたへのCarry on♪ ずっとCarry on♪ 愛を忘れなーいー♪」

聴くからにご機嫌なハミング。戦艦の中枢たるブリッジに響き渡る。

「この胸の先にある夢(はな) ROSE BUD♪ I was born to you♪」
「あらら、随分とご機嫌ねぇ……ルリルリ」
「え? ……ええ、まぁ。(ニヤ)」

クレヨン的な半笑いを浮かべ否定はしない。
それだけ波に乗っているのだろう。

「もしかしてあの噂と関係あるんですか?」

ミナトの言葉に乗っかるようにメグミが興味を口にする。

「噂って、なんですか?」

「あれよあれ。ルリちゃんがセレナイトさんとキスをしたって。二人はデキてるんじゃないかって。……ナデシコ中、今はその話題で持ちきりよ?」
「そうねぇ、私もその話には興味があるわルリルリ。女同士っていうのは非健全だけど」

「でもセレナイトさんはあんなに綺麗で可愛いのに、妙に男らしくてクールでカッコいいですから……。
私だってセレナイトさんが男性だったら色々考えちゃいますよ」

流石に同姓で絡む趣味はないし、日ごろそれほどセレナと接する機会のないメグミは彼女にホの字ではない。
ただ純粋に同姓としてのカッコよさに憧れているだけだ。

「だけど正真正銘女の子なわけだからねぇ……、で、どうなの? 本当のところ」
「本当の所も何もないですよ。私はセレナイトさんに頼まれて色々しただけですし」
「きゃあ! じゃあキスは認めるの!?」
「そうですね。あれは対外的にはキス、ということになるかと」
「きゃあ!」
「じゃあルリルリとセレナちゃんって……、そういう関係なの?」

「いえ、そういうことではありません。セレナイトさんとは同じマシンチャイルドとして、色々と持ちつ持たれつな関係なんです。
あの件もIFSによる情報交換の一種でして……。それに私、少女ですから、そういう事はまだ早いですし……。
それに、もっと色々と経験してからでも遅くはないと思っているんです。(ニヤ)」




■   ■   ■




暗闇の中、ゲキガンガーの映像がアキトを照らし、膝を抱えている彼の耳に熱いセリフが届く。
本来なら感情移入して熱く、そして感動の涙を流せるはずなのに、今のアキトにはそれが出来なかった。
ルリとセレナイトのキスシーンが頭の中で何度も再生される。

自分には見せたことの無い顔でルリのキスを受ける彼女。自分には決して見せない表情だろう。
そして自分があんな真似をすれば間違いなく逆鱗に触れる。だけどルリには何のお咎めも無かった。自分よりもルリの方が彼女の中で価値は上なのだ。

「セレナイト……さん、オレは……」

今はもう何を考えれば良いのかすら分からなくなっていた。
このモヤモヤは暫くのあいだ続きそうだ。



………………。
…………。
……。



■   ■   ■




「え? そうなんですか」

プロスの言葉にセレナイトは驚きの声を上げた。

「はい、貴方の進言でヤマダさんをパイロットから外しましたので、早急に代わりを、と手配したのですが、予定外の襲撃でその方たちは乗艦できず」

よってこれから向かうサツキミドリでのパイロットの補充はスバル・リョーコ一名のみとなるらしい。
本来なら三名がパイロットとして搭乗する予定だったのだが。

「ですが、今ではそれも構わないと思っています。なにせセレナイトさんの能力は桁違い。
二、三人の欠員などそれほど深刻な問題ではありません。戦術上の不利は生じるかもしれませんが、貴方ならそれも克服してくれるでしょう」

そして腕に見合うギャラを出すのもネルガル流だ。
よってセレナイトの給料は結構なもので、出来るならその分を本来ならいるはずのパイロットを削ることで節約したい。
電卓を弾きながらプロスは言った。

「それよりも、副艦長を何とかしてくれませんかね?」
「なにかあったんですか?」

瞑想ルームで引きこもっているらしい。
前回、一世一代の見せ場で瞬殺され、思いのたけをぶつけられなかった。
それがジュンの心を打ち砕き、虚無の海に溺れさせているという。

ユリカが説得すれば少しは回復もするだろうが、彼女は何故か落ち込んでいるアキトを元気付けようとマンツーマン戦術を実行中。
もちろんシャットアウトされているが。

「なんとかして頂けませんかね? 一応引導を渡したわけですし、保安部として艦内の秩序を守るのもお仕事かと」
「そういった保安は私の管轄では……」
「まあそう言わずに、先日の件はこれを持って無かったこととしますので……」

確かに異性との交際ではないが、だからといって同性でのああした行為をのさばらせておくわけにはいかない。
セレナイトの影響力もある。

「あ、あれは……、その……」

プロスの言葉責めに頬を染め、俯く。
ルリとのキスはすでに艦内のクルー全員が知ることであり、歴史上の重要な出来事と同じぐらいの事件として皆に刻まれていた。
あのナデシコ内で最強の美少女がキスでイった。相手は同じマシンチャイルド。
二人はそういう関係だったのか、もう色々なことをしているのか。話題は尽きない。
そしてセレナイトに対する視線も好奇なもので、目を向けられるたびにセレナイトはその白い肌を染め上げていた。
それがまた可愛らしさに拍車を掛けているとは知る由も無い。

「私とルリちゃんは、そ、そういう関係ではありません。ただあれはIFSの安定のための」

「それは分かっていますが、あんな人前でされるのは困るんですよねぇ。一応、規約では異性との交際は手を握るまで、となっていますので。
まあ同性はそれに当たらないとはいえ、やはり風紀の問題がありますし」

「わ、分かっています。今度からはもう二度とあのようなことは」
「そうですか。それで副艦長の件ですが」
「は、はい、もちろん、私がなんとかします」

弱みを握られてしまっているので仕方が無い。
まだ熱い頬を隠すようにセレナイトはプロスに背を向けその場を去った。

「本当に憎めない可愛らしい方ですねぇ。……いずれネルガルのイメージキャラクターになってもらいますか」




■   ■   ■




瞑想ルームで座禅を組んでいる青年がいる。副艦長のアオイ・ジュンだ。
彼はいま、自分という存在の意味、という哲学的な問題で悩んでいた。
そしてユリカにとっての自分の存在とは。ということに想いを馳せていた。

もちろん結論は出ない。
だからこうして引きこもっているのだ。

「ジュン、失礼するぞ」
「え? セレナイト……、さん


突然の来訪者に驚く。
しかもその相手が普段ほとんど会話することも無い。
そして自分を瞬殺した超絶美少女セレナイトであることも驚きの大きな要因である。

「なにを考えてるんだ」

ウジウジと悩んでいる自分を叱責するのかと思ったが、意外にもその声は優しい。

「自分だけでは見えないことっていうのは多い。でも誰かと考えれば意外に簡単なところに答えがあるものだ。
力になれないかもしれないが、出来るだけのことはする。だから話してみないか?」

もちろん内容は秘密にする。どんな拷問にも屈しない自信はある。
そう微笑んだ。

(ほ、本当に綺麗な人だな……)

遠目で見ても壮絶な美しさなのは分かっていたが、近くでみるともはや神がかっているとさえ言えた。
自分よりも年下のはずなのに、その態度は明らかに大人のそれだ。自然と安心してしまうこの空気も彼女の人気の一つなんだろう。
ジュンはゆっくりと口を開いた。

「僕は連合軍の中で、ユリカを守り、そしてともに地球を守る。それが自分の正義だと思っていたんです。でも彼女は軍を裏切り、そして地球を見捨てた」

最新鋭の戦艦でともに地球を守る。それがジュンの望み、希望だった。
なのにユリカは軍の意向に従わず火星に向かう。それを止めることも、想いのたけをぶつけることも出来なかった。
目の前のセレナイトに秒殺されたから。

「あ、あの……、すまない。ちょっと抜き差しならない危機を迎えていたから」

身体が火照って気が狂いそうだった。だから無我夢中で、物語の空気も読まずにただ任務を遂行した。
おそらく視聴率だって下がったはずだ。あんなにあっさりとクライマックスが終わってしまったのだから。

「いえ、それは良いんです。戦いなんてそんなモノだし、
セレナイトさんの力とつい数時間前にIFSをつけた僕の力なんて軍人と赤ん坊ぐらいの差があるだろうし」

まさにその通り。

「本当にすまない」

申し訳なさそうにもう一度、セレナイトは謝った。

「で、結局ジュンはユリカが軍と対立して自分の敵となるのが嫌だった。
軍人としてともに正義を貫きたかったんだよな、だからナデシコを止めたかった」

「はい」

でもユリカはナデシコを選んだ。
自分の居場所はここだと。自分はナデシコにいることで自分らしくいられると。

「ユリカの想いとジュンの想い、そのズレが大きくなってどうして良いか分からなくなった。そんなところかな」

ジュンはもう一度、頷いた。

「なるほど、良く分かった」

セレナイトは大きく息を吐き、そう呟く。

「でもさ、ジュン。正義っていうのは軍にいないと実践できないものなのかな。お前の正義って軍で活動することなのか?」

セレナイトはジュンにそう問うた。 そして更に言葉を続けた。

「でも軍はけっして正義の組織じゃない」

火星を見捨て地球にのみ早々に防衛ラインを引いた。
平時は偉そうにのさばるが非常時にはあっさりと民間人を見捨てる。想いで動くのではなく計算で動くのだ。
目の前で殺されそうな人がいても自分たちが勝てないのならけっして城から出てくることはない。それが軍というもの。

「そ、そんなことはありません!」

「いや、そういうものだ。それにそれ自体は悪いことじゃない。
勝てる戦いをしようと思うのは当たり前。無謀に玉砕しようとする組織なんて話にならない」

でもこれから殺されようとしている民間人にそんな言い訳は通用しない。

「難しい問題だな。大局を考えて目前の正義を踏みにじるか、正義を貫いて大局を見失うか……。答えは出ないと思う」

本当に難しい問題である。

「でもただ一つ言えることは、それは組織の問題であって個人の問題ではないということ。
ジュン、お前の正義は勝てる戦いをすることか? それとも弱い人を助けることか?」

軍で正義を貫くということは前者に傾倒するということ。
つねに弱い者を助けることなど出来はしない。時には見殺しにし、犠牲を生むこと。

「そ、それは……」

「軍はあくまで戦争に勝つこと。国民を全て守るためではなく、国を生かすために戦う組織だ。
そういうものなんだからそれはそれで仕方ないと思う。だけど個人の問題となってくると話は別。
組織とは関係なく、自分の信念一つで目の前の人を守るために命を掛けることが出来る」

ジュンはただセレナイトの言葉をかみ締めるように聞いている。
彼女の言葉は沁み込むように心に入ってくる。

「だからなジュン、自分の正義っていうのは、自分の想いと身体一つで為せるものだと私は思う。
軍にいなくても、このナデシコでもお前の正義を貫ける」

セレナイトはゆっくりと立ち上がった。

「軍は国を勝利に導くために最善を尽くす。だったら私達はそれぞれの正義を貫くためにナデシコに乗る。これで良いんじゃないかな?」

ナデシコならそれが出来る。そう言ってジュンに手を差し伸べた。
あまり良い言葉ではなかったかな? という自信なさげな表情。
少し弱々しい感じで、可愛らしかった。

「それに好きな女と一緒に己の正義を実践できる。カッコいいじゃないか」

その好きな女に振り向いてもらえる可能性は全くないが。
もちろん自分にもないが。

「……はぁ、そうですね」

それも良いかもしれない。
ジュンは思った。
少なくとも先程までの重たいわだかまりはほとんど消えていた。
だったらそれが答えなのだろう。

「って、す、す、すすす好きな女って!」

落ち着いた思考を取り戻した途端、先程セレナイトが放った爆弾が爆発した。

「ユリカが好きなんだろ?」

当たり前のように言われた。めっちゃバレてるやん!

「安心しろ。ユリカ以外みんな知ってる」

しかも一番ダメなパターンじゃん! 

「ぼ、僕はユリカのことはそんな! すすす好きだけど、彼女には好きな人がいて!」
「知ってる。アキトだろ。ユリカはあいつにぞっこんだからな」

肯定されて少しへこんだ。
それを見て失敗したかな? という表情を作るセレナイト。

「ま、あそこまでいかれると望み薄だよな。影ながら守るっていう感じになるか」
「ぼ、僕はそれでも構いません。ユリカを守ることが出来るだけで……、ユリカの笑顔を守れればそれで良いと思ってます」
「ジュン……」

その言葉に胸がキュンとなった。
けっして報われることはないのに、それでも彼は想い人のためにこの身を捧げようと、ユリカの騎士となることを誓っているのだ。
いまのセレナイトと想いは同じだった。

「うん、お前は本当に良い男だ」

心からの微笑でセレナイトは言った。

「誰も気がつかない報われない想いでも……、私はお前の想いを知っている。お前が本当にカッコいい男だって知ってるから」

そう言ってジュンの片手を取り、両手で握り締めた。
ジュンの心臓は小刻みに鼓動する。

「だからお前は……、自分の想いに恥じることのない正義を貫けば良い。それが本当の男だ。私はジュンを応援する」
「あ、ありがとうございます」

それこそもう、早鐘とはこのことを言うのか。それぐらいの胸の鼓動。
とても頼りになるし、何よりも温かい、まるで本当の姉のように自らを包んでくれるセレナイトの人柄が、ジュンの心を惑わせる。
そしてナデシコ一といって良い美貌、美しい瞳を向けられ心が侵食されていく。

(ごめんユリカ……。僕は……セレナイトさんを好きになってしまったかもしれない)


………………。
…………。
……。

えぇ。(ドン引き)

だってついさっき影ながらユリカを守る騎士になるって誓ったじゃん。
なにこの心変わりの早さ。次元の早撃ちよりも早ぇよ。これ以上面倒な展開にしないで!

「お互い頑張ろうな……、ジュン」

自らの何気ない励ましが、相手の人生を狂わせているとも気付かず、一度離した手で、握手を求めた。

「は、はい!」

そして二人は固く握手を交わす。
いつまで経っても離そうとしないジュンに少し首をかしげたセレナイトだったが。

「あっ……、せ、セレナイトさん、一つ聞いて良いですか?」

もうすっかりやる気を取り戻したと判断し、セレナイトは場を辞そうとした。
その後ろ姿にむかってジュンが言う。

「なんだ?」
「あ、あのセレナイトさんの正義って……、ナデシコに乗ってる意味ってなんですか?」

彼女の信念を聞いてみたい。
このような華奢な身体でありながら、壮絶な能力を秘いめているセレナイトの正義とは、信念とはいったい何なんだろう。

「……そうだな、正義とか信念とか、口に出すと色あせてしまうから。
だからただ黙って想いを実行する。そうあるべきだと私は想っているけど……。ま、しいていえば」

ちょっと恥ずかしいけど、そう少しだけ頬を染めてセレナイトは言った。

「みんなの笑顔を守りたい。ってことかな」

はにかんだ笑顔で、

「すごく恥ずかしいから二人だけの秘密だぞ?」

そう付け加えた。



ジュンの心はもう、完全に奪われていた。




■   ■   ■



「しかし予定通りだな」

すでに瞑想ルームにはいない。格納庫に向かってセレナイトは歩き出していた。
着艦予定のサツキミドリが木星蜥蜴の戦艦四、バッタ、ジョロ多数と交戦中。至急救援をということなのだ。

(多少の被害は出たんだろうが、それでも最小限に留められたはずだ)

前回は全滅だったのに今は交戦中ということなのだから、そういうことなのだろう。
策としてはこうだ。といっても単純なのだが、ただラピスにサツキミドリに対して偽の情報を送らせただけ。
着艦前、奇襲を受ける前にすでに架空の敵をでっち上げた。
それにより警戒態勢に入ったサツキミドリは奇襲をモロに喰らうことにならず、防戦一方ではあるが、何とか交戦に持ち込めた。

ただ残念なのはOG戦フレームがないためにエステバリスで出撃出来ないこと。
だからセレナイト達は念のため格納庫で待機ということになっている。

「まあ、サツキミドリの防衛隊が善戦しているようだし、リョーコちゃんもいるし、ナデシコが戦力として加われば戦艦四ぐらい何とかなるだろう」

楽観しても良い状況だ。

「あっ、セレナイトさん」
「ひぃぃ!」

思わず悲鳴を上げた。手に持っていたコーヒーを落としそうになった。
目の前には白い小悪魔、ルリの姿が……。

「ど、どうしたんだいっ、こ、こんなところで。ブリッジに」
「ラピスさんがやっていますので」
「そ、そう……、でもどうしてここに」
「セレナイトさんに会いたくて……。またおまじない、ご褒美をしてあげないといけないですし」

そういって邪悪に嗤った。(ようにセレナイトには見えた)

「そ、そんなっ、あ、アレはもういいよっ」
「どうしてですか? セレナイトさんに頼まれたからしたんですよ? 自分から言っておいてそんな言い草、ないと思います。
それに本当はおまじないなのにIFSによる情報交換って嘘までついてあげたのに」

非難するような口調で言った。

「で、でもあれは、その、憶えてないっていうか、そんなこと言った記憶がないっていうか」
「ひ、酷いです、私、初めてだったのに」

わぁ! と泣く真似をした。声は出ていないので動作だけだが。
そんな様子は酷く目立つので格納庫にいる整備士、ウリバタケをはじめとした者達に超好奇な視線を向けられる羽目になった。
前回とまた同じ光景が? という可能性も考慮した煩悩の視線だ。
だからセレナイトの頬は見る見る赤く染まっていった。

「ご、ごめんルリちゃん、君の初めてを奪ってしまったのは、その、本当に謝る。女の子の初めてを私なんかが奪うなんて……」

いや、その曖昧な供述だと野郎どもにあらぬ光景を想起させると思うのだが。
事実、整備士たちはセレナイトとルリがベッドの上で猫のようにニャンニャンしているさまを思い浮かべ、案の定、下半身をワンワンさせていた。

「その件についてはどんな償いでもするつもりだ。でもこれからはその、プロスさんにも注意されてしまったし、女同士でああいうことをするのも良くないと思うから」
「私は構いませんけど? むしろセレナイトさんとなら」
「っ、……と、とにかく、これからはもうああいうことはしないで欲しい」

その代わり、埋め合わせは必ずする。必死に、拝み倒すような態度でセレナが言った。

「はぁ……、仕方ありませんね。分かりました」

まあ事を急いては仕損じるとも言うし、ゆっくりじっくり落とすのもまた面白い。
そもそもあんな行為をしろなんてセレナは一言も言っていない。
ルリのでっち上げなのだから。

「でも、この埋め合わせ、償いはして下さいよ?」
「もちろん、何か頼みたいことがあったら何でも」
「…………分かりました」

上々の権利を引き出せたのではないか。今回はこれで手を打とう。
ルリは微笑み、頷いた。頭の中ではもうセレナイトに何を頼もうか、どんな風に辱めようかという算段で一杯だった。
モザイクが必要なほどの映像が脳内で流れている。

「では私は失礼します」

早く部屋に戻ってモリモリと妄想しなければ……。
心なし、スキップしたような足取りでルリはブリッジを出た。

「い、一体何がどうなってるんだ……」

その後姿を見てセレナイトが呟く。
確かに自分はある程度歴史に介入している。

自分がいることがまず一番の介入だが、今回のサツキミドリの件をはじめとして出来る限りのことをしてきた。
無論、大きな改変はしない。ある程度先を読めなければユリカを守ることが出来なくなる可能性がある。
それならば改変を最小限に留めて、以前の歴史に沿わせるべきだ。
そうなれば自分でも対処可能であり、裏で暗躍すればいい。

しかし今回の件、ルリのこの大きな性格の変化は何なんだろう。
大局の変化がルリの性格の変化にまで影響を及ぼすとは考えられないのに、凄まじいまでルリが変わっている。

だって考えてみて? アニメのこの段階でルリが誰かとキスするなんて考えられる?
しかもディープ。……考えられないでしょ?

「ルリちゃんに何か、あったんだろうか……」

そんな疑問を持ってしまうのも仕方が無い。というか薄々感づけよ。
いやでも自分達ですら何故この世界にいるのか分からないのに、ルリが後を追ってくるなんて考えられるはずもないか。

「同じマシンチャイルドのラピスがいたり、オレがいることで性格の変化が起こっていると考えるのがやっぱり妥当なのか」

結局、そういう結論に至ってしまう。

「まあ、ルリちゃんの性格の変化が大局に悪い影響を与えるとも思えないから……」

彼女にはただ幸せになって貰えば良いのだ。その為に自分はあるのだから。

「んっ、コーヒーが……、もう一杯飲むか」

空になった紙コップを見て呟いた。
いまだ待機だから時間はある。これからのこと、様々なことについて思いを馳せよう。
セレナイトが立ち上がった。


「「「セレナイトさんっ! コーヒーのおかわりです!」」」


整備士達が一斉に彼女にコーヒーを差し出した。

「あ、ありがとう……。」


さて、どれを受け取ろうか……。
プロポーズの花束を差し出すような、数多ある必死の手を見てセレナイトは困惑する。
もしかしたらこれが未来の大局に大きく作用……、するわけないか。



「セレナイトさん……」

そんなモテモテ状態のセレナイトを影から見つめるアキトの表情は、
以前よりも落ち込み、絶望の色で染まっていた。




 



 




 

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